の気持を暗くさせたこともあつた位ひだ……余ツ程、嫌はれたらしいな、して見ると……。
「阿母を呼べ、阿母を呼べ!」
 食卓に突ツ伏して、泥酔してゐる彼は、ブツブツとわけの解らないことを呟いでゐたかと思ふと、突然そんなことを叫んだ。
「阿母を呼んで貰はう、何でえ、婆アの癖に白粉なんかつけやアがつて……カツ!」
「稀に帰つてらしつて、またお母さんと何かやつたんですね、いけませんね!」
「やるもやらないも、あるもんけえ!」
「悴が我儘で困るツて、此間もお母さんが滾してゐらつしやいましたぜ、旦那のある時分とは違ふんですから、若旦那が……」
「俺ア若旦那ぢやねえ、天下のヴアカボンドだア。」
「今になつてお母さんと仲が悪いなんていふことが知れると、それこそ皆なに馬鹿にされるぢやありませんか。」
「何となく、俺は、阿母の顔つきが気に喰はんのだ。」
「戯談ぢやありませんよ、何をつまらないことを云つてゐらつしやるの?」
「あの声を聞いたゞけでも、虫唾が走りさうだ、あの色艶を想像すると、鳥肌になる……」
「…………」
「驚かなくつても好いよ。これはね、西洋の芝居の声色なんだよ。」
「そんな西洋の声色なんかで
前へ 次へ
全83ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング