だつてちやんと短刀を帯にはさんでゐた。」
「ほう! 随分強いんだね。」
彼は、もう少しで随分臆病な阿母さんですね、と云ふところだつた。
「噂だけで、返つて気抜けがした。――そんな騒ぎだといふのに阿父さんの姿が見へないのさ、志村(清親のこと)なんて、後ろ鉢巻で門のところに蓆を引いて頑張つてゐるといふ騒ぎなんぢやないか! 阿父さん、阿父さん! といくら呼んでも返事もしない、どうしたんだらうと思つて、探して見ると、驚くぢやないか! 裏の空地で、長持の陰に蒲団が積んであるなかにもぐつて、狸寝入をしてゐるのさ! 大胆ぢやない、臆病なのさ、可笑しくつて仕様がなかつた。意久地なしの腰抜けさ!」
母は、そんな例を二つばかり彼に話した。彼は、苦笑しながら窓辺を離れた。そして広い焼野原を見渡しながら浜の家の見当を眼指して、ぶらぶらと歩いて行つた。
「もぐつて入るんだよ、ハツハツハ、ちよつと器用に出来たらう。」
拵へかけの小屋を指差して父は、さう云つた。それが最初の言葉だつた。
「こんな処に、窓もあるね。」
彼は子供のやうな細い声でわけなくもそんなことを云つた。
「もう灯りを点けなければなるまい――
前へ
次へ
全83ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング