煽てゝやるんだ、決して喧嘩なぞはしないね、互ひの愚を観察することは面白い仕事だ、ねえ阿母さん、――そんな他愛もない遊戯に耽つてゐた。
「琴なんぞは今時出来なくつても好いんだらうが、お茶のいれかたも知らないし、生花はおろか……」
「料理の法も一つも知らないし……」と、彼は伴奏でもするやうに附け加へた。
「春夏秋冬、懸物の懸換へ……」
「ハツハツハ。」と、彼は仰山に笑つた。「懸物なんぞ……床の間なぞの存在を知るものですか、――。暑い日には、暑いと感じ、寒い日には寒いと、おぼろげに意識するだけですよ。」と、彼は自分のことを云つてゐるやうな気がした。
意識とか、感じとか、存在とか、何々的だとか、そんな言葉を臆面もなく彼は、母親などの前で使つた。
「学校などの成績は、どうだつたんだらう。」
「たしか中途で止めてしまひましたぜ。」
「親は親で、あの通りだし……」
母は、さう云つたが、彼が余り易々と妥協するので、いくらか退屈を感じたらしい苦笑を浮べた。「手紙ひとつ書けないぢやないか、あの厭らしい文句はどういふわけだらう。」
「手紙?」と、彼はハツと思つた。が、まさか[#「まさか」に傍点]と高を括
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