ず舌を鳴した。わけもなく顔の赤くなる気がした、「ハツハツ、冗談ぢやない。」
尤も彼には、さういふ趣味を嫌ふ一種の見得もないではなかつた。
「だつて、まさか自分で出来やしないだらう。」
「女の洋服なんて簡単よ、帽子だつて僕が拵へるのよ。」
「厭だ/\。」
「だつて、あたしの着物は皆な焼けてしまつたぢやないの、あなたは阿父さんのお古があるから好いだらうけれど――」
「だけど洋服は……」
「昨ふ小田原から北原さんがお金を持つて来ましたよ、あなたは寝てゐたから、あたしが受け取つたんだけれど、――今日半分費つちやつたわよ。あなたの云ふ通りになんてなつてゐたひには、半襟一つだつて買ふことは出来やしない。」
彼は、我慢して笑つてゐた。そんな話になると賢太郎は、悲しさうに眼を伏せてゐた。つい此頃になつて、彼の「仕事」も稀に金になることもあつたが、そんなことは少しも周子には知らさず、浮々と出歩いて有耶無耶に費消してしまつた。自分が得た金だつて、国から来る金だつて、彼には区別はなかつた。多少でも余裕のある間は、ひようひようと出歩いて家庭に落つかなかつた。そして直ぐに不景気になつて、家庭に居る間はケチケ
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