まりもなく腕力家の清親にねぢ伏せられてしまつたぢやアないか――彼は、思はず自分の額をピシヤリと平手で叩いた。そして、痩ツぽちの癖に、袴を腹の下に絞め、襟をはだけて、奇妙に太い作り声を挙げて豪放を構えてゐた自分が、清親の腕につかまれると、藁人形のやうに軽々と撮み出されてしまつた光景を回想して、彼は、陰鬱に顔を歪めて、深く蒲団の中へもぐつてしまつた。――彼は、堪らない溜息を吐いた。
そんな幻は払ひ落さうとして、彼は、首を振つたり、肚に力を込めたりして躍気になつたが、相手の横意地の方が強かつた。……彼は、映画に写つた己れの姿を、否応なく見せられなければならなかつた。
「礼儀を弁へぬにも程がある。」と、母の乾いた唇が細かく震へながら呟いだ。
「青二才の酔ツ払ひなんぞは……」と、それでもいくらか息を切らせた清親が、静かに盃を取りあげて、笑つた。「チヨツ! それにしても意久地のない男だな。」
「もつと酷い目に合せてやれば、よかつたんです、小面の憎い。」と母も苦笑した。
――彼も、今、もぐつた寝床の中で苦笑を洩した。と、彼の冷汗は、暗闇の中で奇妙に溶けて行つた。
「まつたく好い気味だつた。誰だつ
前へ
次へ
全83ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング