の初から人類発達の跡をたどって見ると、国家というものは人類最終の目的ではない。人類の発展には一貫の意味目的があって、国家は各その一部の使命を充す為に興亡盛衰する者であるらしい(万国史はヘーゲルのいわゆる世界的精神の発展である)。しかし真正の世界主義というは各国家が無くなるという意味ではない。各国家が益々強固となって各自の特徴を発揮し、世界の歴史に貢献するの意味である。
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   第十三章 完全なる善行

 善とは一言にていえば人格の実現である。これを内より見れば、真摯《しんし》なる要求の満足、即ち意識統一であって、その極は自他相忘れ、主客相没するという所に到らねばならぬ。外に現われたる事実として見れば、小は個人性の発展より、進んで人類一般の統一的発達に到ってその頂点に達するのである。この両様の見解よりしてなお一つ重要なる問題を説明せねばならぬ必要が起って来る。内に大なる満足を与うる者が必ずまた事実においても大なる善と称すべき者であろうか。即ち善に対する二様の解釈はいつでも一致するであろうかの問題である。
 余は先ずかつて述べた実在の論より推論して、この両見解は決して相矛盾
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