に特有なる性質を具えている。意識現象ばかりでなく、各人の容貌、言語、挙動の上にもこの個人性が現われている。肖像画の現わそうとするのは実にこの個人性である。この個人性は、人がこの世に生れると共に活動を始め死に至るまで種々の経験と境遇とに従うて種々の発展をなすのである。科学者はこれを脳の素質に帰するであろうが、余は屡々《しばしば》いったように実在の無限なる統一力の発現であると考える。それで我々は先ずこの個人性の実現ということを目的とせねばならぬ。即ちこれが最も直接なる善である。健康とか知識とかいうものは固《もと》より尚《とうと》ぶべき者である。しかし健康、知識|其者《そのもの》が善ではない。我々は単にこれにて満足はできぬ。個人において絶対の満足を与える者は自己の個人性の実現である。即ち他人に模倣のできない自家の特色を実行の上に発揮するのである。個人性の発揮ということはその人の天賦境遇の如何《いかん》に関せず誰にでもできることである。いかなる人間でも皆|各《おのおの》その顔の異なるように、他人の模倣のできない一あって二なき特色をもっているのである。而《しか》してこの実現は各人に無上の満足を与
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