いえば、即ち理性の法則ということとなる。理性の法則というのは観念と観念との間の最も一般的なる且つ最も根本的なる関係を言い現わした者で、観念活動を支配する最上の法則である。そこでまた理性という者が我々の精神を支配すべき根本的能力で、理性の満足が我々の最上の善である。何でも理に従うのが人間の善であるということになる。シニックやストイックはこの考を極端に主張した者で、これが為に凡て人心の他の要求を悪として排斥し、理にのみ従うのが一の善であるとまでにいった。しかしプラトーの晩年の考やアリストテレースでは理性の活動より起るのが最上の善であるが、またこれより他の活動を支配し統御するのも善であるといった。
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プラトーは有名なる『共和国』において人心の組織を国家の組織と同一視し、理性に統御せられた状態が国家においても個人においても最上の善といっている。
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もし我々の意識が種々なる能力の綜合より成っていて、その一が他を支配すべきように構成せられてある者ならば、活動説における善とは右にいった如く理性に従うて他を制御するにあるといわねばならぬ。しかし我々の意
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