することができるだろうか。たとえば一銅像の材料たる銅は機械的必然法の支配の外に出でぬであろうが、この銅像の現わす意味はこの外に存するではないか。いわゆる精神上の意味なるものは見るべからず聞くべからず数うべからざるものであって、機械的必然法以外に超然たるものであるといわねばならぬ。
 これを要するに、自由意志論者のいうような全く原因も理由もない意志はどこにもない。かくの如き偶然の意志は決して自由と感ぜられないで、かえって強迫と感ぜらるるのである。我々が或理由より働いた時即ち自己の内面的性質より働いた時、かえって自由であると感ぜられるのである。つまり動機の原因が自己の最深なる内面的性質より出でた時、最も自由と感ずるのである。しかしそのいわゆる意志の理由なる者は必然論者のいうような機械的原因ではない。我々の精神には精神活動の法則がある。精神がこの己《おのれ》自身の法則に従うて働いた時が真に自由であるのである。自由には二つの意義がある。一は全く原因がない即ち偶然ということと同意義の自由であって、一は自分が外の束縛を受けない、己自らにて働く意味の自由である。即ち必然的自由の意義である。意志の自由というのは、後者における意味の自由である。しかしここにおいて次の如き問題が起ってくるであろう。自己の性質に従うて働くのが自由であるというならば、万物皆自己の性質に従って働かぬ者はない、水の流れるのも火の燃えるのも皆自己の性質に従うのである。然るに何故に他を必然として、独り意志のみ自由となすのであるか。
 いわゆる自然界においては、或一つの現象の起るのはその事情に由りて厳密に定められている。或定まった事情よりは、或定まった一の現象を生ずるのみであって、毫釐《ごうり》も他の可能性を許さない。自然現象は皆かくの如き盲目的必然の法則に従うて生ずるのである。然るに意識現象は単に生ずるのではなくして、意識されたる現象である。即ち生ずるのみならず、生じたことを自知しているのである。而してこの知るといい意識するということは即ち他の可能性を含むということである。我々が取ることを意識するということはその裏面に取らぬという可能性を含むというの意味である。更に詳言すれば、意識には必ず一般的性質の者がある、即ち意識は理想的要素をもっている。これでなければ意識ではない。而してこれらの性質があるということは、現実のかかる出来事の外更に他の可能性を有しているというのである。現実にして而も理想を含み、理想的にして而も現実を離れぬというのが意識の特性である。真実にいえば、意識は決して他より支配される者ではない、常に他を支配しているのである。故に我々の行為は必然の法則に由りて生じたるにせよ、我々はこれを知るが故にこの行為の中に窘束《きんそく》せられておらぬ。意識の根柢たる理想の方より見れば、この現実は理想の特殊なる一例にすぎない。即ち理想が己自身を実現する一過程にすぎない。その行為は外より来たのではなく、内より出でたるのである。また斯《かく》の如く現実を理想の一例にすぎないと見るから、他にいくらも可能性を含むこととなるのである。
 それで意識の自由というのは、自然の法則を破って偶然的に働くから自由であるのではない、かえって自己の自然に従うが故に自由である。理由なくして働くから自由であるのではない、能《よ》く理由を知るが故に自由であるのである。我々は知識の進むと共に益々自由の人となることができる。人は他より制せられ圧せられてもこれを知るが故に、この抑圧以外に脱しているのである。更に進んでよくその已むを得ざる所以《ゆえん》を自得すれば、抑圧がかえって自己の自由となる。ソクラテースを毒殺せしアゼンス人よりも、ソクラテースの方が自由の人である。パスカルも、「人は葦の如き弱き者である、しかし人は考える葦である、全世界が彼を滅さんとするも彼は彼が死することを、自知するが故に殺す者より尚《たっと》し」といっている。
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 意識の根柢たる理想的要素、換言すれば統一作用なる者は、かつて実在の編に論じたように、自然の産物ではなくして、かえって自然はこの統一に由りて成立するのである。こは実に実在の根本たる無限の力であって、これを数量的に限定することはできない。全然自然の必然的法則以外に存する者である。我々の意志はこの力の発現なるが故に自由である、自然的法則の支配は受けない。
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   第四章 価 値 的 研 究

 凡《すべ》て現象或は出来事を見るに二つの点よりすることができる。一は如何にして起ったか、また何故にかくあらざるべからざるかの原因もしくは理由の考究であり、一は何の為に起ったかという目的の考究である。たとえばここに一個の花ありとせよ。こ
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