ともできる。即ち或範囲内においては自由であると信じている。これが為に責任、無責任、自負、後悔、賞讃、非難等の念が起ってくるのである。しかしこの或範囲内ということを今少しく詳しく考えて見よう。凡《すべ》て外界の事物に属する者は我々はこれを自由に支配することはできぬ。自己の身体すらもどこまでも自由に取扱うことができるとはいわれない。随意筋肉の運動は自由のようであるが、一旦病気にでもかかればこれを自由に動かすことはできぬ。自由にできるというのは単に自己の意識現象である。しかし自己の意識内の現象とても、我々は新に観念を作り出す自由も持たず、また一度経験した事をいつでも呼び起す自由すらも持たない。真に自由と思われるのはただ観念結合の作用あるのみである。即ち観念を如何に分析し、如何に綜合するかが自己の自由に属するのである。勿論この場合においても観念の分析綜合には動かすべからざる先在的法則なる者があって、勝手にできるのではなく、また観念間の結合が唯一であるか、または或結合が特に強盛であった時には、我々はどうしてもこの結合に従わねばならぬのである。ただ観念成立の先在的法則の範囲内において、而《しか》も観念結合に二つ以上の途があり、これらの結合の強度が強迫的ならざる場合においてのみ、全然選択の自由を有するのである。
 自由意志論を主張する人は、多くこの内界経験の事実を根拠として立論するのである。右の範囲内において動機を選択決定するのは全く我々の自由に属し、我々の他に理由はない、この決定は外界の事情または内界の気質、習慣、性格より独立せる意志という一の神秘力に由るものと考えている。即ち観念の結合の外にこれを支配する一の力があると考えている。これに反し、意志の必然論を主張する人は大概外界における事実の観察を本としてこれより推論するのである。宇宙の現象は一として偶然に起る者はない、極めて些細なる事柄でも、精しく研究すれば必ず相当の原因をもっている。この考は凡て学問と称するものの根本的思想であって、且つ科学の発達と共に益々この思想が確実となるのである。自然現象の中にて従来神秘的と思われていたものも、一々その原因結果が明瞭となって、数学的に計算ができるようにまで進んできた。今日の所でなお原因がないなどと思われているものは我々の意志くらいである。しかし意志といってもこの動かすべからざる自然の大法則の外に脱することはできまい。今日意志が自由であると思うているのは、畢竟《ひっきょう》未だ科学の発達が幼稚であって、一々この原因を説明することができぬ故である。しかのみならず、意志的動作も個々の場合においては、実に不規則であって一見定まった原因がないようであるが、多数の人の動作を統計的に考えて見ると案外秩序的である、決して一定の原因結果がないとは見られない。これらの考は益々我々の意志に原因があるという確信を強くし、我々の意志は凡ての自然現象と同じく、必然なる機械的因果の法則に支配せらるる者で、別に意志という一種の神秘力はないという断案に到達するのである。
 さてこの二つの反対論の孰《いず》れが正当であろうか。極端なる自由意志論者は右にいったように、全く原因も理由もなく、自由に動機を決定する一の神秘的能力があるという。しかしかかる意義において意志の自由を主張するならば、そは全く誤謬《ごびゅう》である。我々が動機を決する時には、何か相当の理由がなければならぬ。たとい、これが明瞭に意識の上に現われておらぬにしても、意識下において何か原因がなければならぬ。また若しこれらの論者のいうように、何らの理由なくして全く偶然に事を決する如きことがあったならば、我々はこの時意志の自由を感じないで、かえってこれを偶然の出来事として外より働いた者と考えるのである。従ってこれに対し責任を感ずることが薄いのである。自由意志論者が内界の経験を本として議論を立つるというが、内界の経験はかえって反対の事実を証明するのである。
 次に必然論者の議論について少しく批評を下して見よう。この種の論者は自然現象が機械的必然の法則に支配せらるるから、意識現象もその通りでなければならぬというのであるが、元来この議論には意識現象と自然現象(換言すれば物体現象)とは同一であって、同一の法則に由って支配せらるべきものであるという仮定が根拠となっている。しかしこの仮定は果して正しきものであろうか。意識現象が物体現象と同一の法則に支配せらるべきものか否かは未定の議論である。斯《かく》の如き仮定の上に立つ議論は甚だ薄弱であるといわねばならぬ。たとい今日の生理的心理学が非常に進歩して、意識現象の基礎たる脳の作用が一々物理的および化学的に説明ができたとしても、これに由りて意識現象は機械的必然法に因って支配せらるべき者であると主張
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