は如何にして出来たかといえば、植物と外囲の事情とにより、物理および化学の法則に因りて生じたものであるといわねばならず、何の為かといえば果実を結ぶ為であるということとなる。前者は単に物の成立の法則を研究する理論的研究であって、後者は物の活動の法則を研究する実践的研究である。
いわゆる無機界の現象にては、何故に起ったかという事はあるが、何の為ということはない、即ち目的がないといわねばならぬ。但この場合でも目的と原因とが同一となっているという事ができる。たとえば玉突台の上において玉を或力を以て或方向に突けば、必ず一定の方向に向って転るが、この時玉に何らの目的があるのではない。或はこれを突いた人には何か目的があるかも知れぬが、これは玉|其者《そのもの》の内面的目的でない、玉は外界の原因よりして必然的に動かされるのである。しかしまた一方より考えれば、玉其物に斯《かく》の如き運動の力があればこそ玉は一定の方向に動くのである。玉其物の内面的力よりいえば、自己を実現する合目的作用とも見ることができる。更に進んで動植物に至ると、自己の内面的目的という者が明《あきらか》になると共に、原因と目的とが区別せらるるようになる。動植物に起る現象は物理および化学の必然的法則に従うて起ると共に、全然無意義の現象ではない。生物全体の生存および発達を目的とした現象である。かかる現象にありては或原因の結果として起った者が必ずしも合目的とはいわれない、全体の目的と一部の現象とは衝突を来《きた》す事がある。そこで我々は如何なる現象が最も目的に合うているか、現象の価値的研究をせねばならぬようになる。
生物の現象ではまだ、その統一的目的なる者が我々人間の外より加えた想像にすぎないとしてこれを除去することもできぬではない。即ち生物の現象は単に若干の力の集合に依りて成れる無意義の結合と見做《みな》すこともできるのである。独り我々の意識現象に至っては、決してかく見ることはできない、意識現象は始より無意義なる要素の結合ではなくして、統一せる一活動である。思惟、想像、意志の作用よりその統一的活動を除去したならば、これらの現象は消滅するのである。これらの作用については、如何にして起るかというよりも、如何に考え、如何に想像し、如何に為すべきかを論ずるのが、第一の問題である。ここにおいて論理、審美、倫理の研究が起って来る。
或学者の中には存在の法則よりして価値の法則を導き出そうとする人もある。しかし我々は単にこれよりこれが生ずるということから、物の価値的判断を導き出すことは出来ぬと思う。赤き花はかかる結果を生じ、または青き花はかかる結果を生ずという原因結果の法則からして、何故にこの花は美にしてかの花は醜であるか、何故に一は大なる価値を有し、一はこれを有せぬかを説明することはできぬ。これらの価値的判断には、これが標準となるべき別の原理がなければならぬ。我々の思惟、想像、意志という如き者も、已《すで》に事実として起った上は、いかに誤った思惟でも、悪しき意志でも、また拙劣なる想像でも、尽《ことごと》くそれぞれ相当の原因に因って起るのである。人を殺すという意志も、人を助くるの意志も皆或必然の原因ありて起り、また必然の結果を生ずるのである。この点においては両者少しも優劣がない。ただここに良心の要求とか、または生活の欲望という如き標準があって、始めてこの両行為の間に大なる優劣の差異を生ずるのである。或論者は大なる快楽を与うる者が大なる価値を有するものであるというように説明して、これに由りて原因結果の法則より価値の法則を導き得たように考えている。併し何故に或結果が我々に快楽を与え、或結果が我々に快楽を与えぬか、こは単に因果の法則より説明はできまい。我々が如何なるものを好み、如何なるものを悪《にく》むかは、別に根拠を有する直接経験の事実である。心理学者は我々の生活力を増進する者は快楽であるという、しかし生活力を増進するのが何故に快楽であるか、厭世家はかえって生活が苦痛の源であるとも考えているではないか。また或論者は有力なる者が価値ある者であると考えている。しかし人心に対し如何なる者が最も有力であるか、物質的に有力なる者が必ずしも人心に対して有力なる者とはいえまい、人心に対して有力なる者は最も我々の欲望を動かす者、即ち我々に対して価値ある者である。有力に由りて価値が定まるのではない、かえって価値に由りて有力と否とが定まるのである。凡て我々の欲望または要求なる者は説明しうべからざる、与えられたる事実である。我々は生きる為に食うという、しかしこの生きる為というのは後より加えたる説明である。我々の食欲はかかる理由より起ったのではない。小児が始めて乳をのむのもかかる理由の為ではない、ただ飲む為に飲むのである
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