ネい。真に絶対に帰依したものは真に道徳を念とするものでなければならない。倫理的実体としての国家と宗教は矛盾するものではない。
 東洋的無の宗教は即心是仏と説く。それは唯心論でもなく神秘主義でもない。論理的には、多と一との矛盾的自己同一ということでなければならない。一切即一というのは、一切が無差別的に一というのではない。それは絶対矛盾的自己同一として、一切がそれによって成立する一でなければならない。そこに絶対現在として歴史的世界成立の原理があるのである。我々は絶対矛盾的自己同一的世界の個物として、いつもこれに対するということもできない絶対に接しているのである。即今目前孤明歴々地聴者、此人処々不滞、通貫十方[即今《そっこん》目前孤明|歴歴《れきれき》地《じ》に聴く者、此の人は処処に滞《とどこお》らず、十方に通貫す]といわれる。我々は自己矛盾の底に絶対に死して、一切即一の原理に徹するのが即心是仏の宗教である。※【#「※」は「にんべん」に「爾」、第3水準1−14−45、80−8】祇今聴法者、不是※【#「※」は「にんべん」に「爾」、第3水準1−14−45、80−8】四大、能用※【#「※」は「にん
前へ 次へ
全104ページ中97ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
西田 幾多郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング