^実在の哲学的原理が把握せられたということができる。我々の自己が何処までも徹底的に否定的自覚の立場に立つ時、そこに内在即超越、超越即内在の絶対矛盾的自己同一の原理に撞着《どうちゃく》せなければならない。自己を外からと考えても、内からと考えても、自覚というものはない。自覚は自覚によって基礎附けられねばならない。人は自覚を内からという時、自己は既に外に出ているのである。
カントを出立点とした純粋自我的主観主義は、ヘーゲルによって一応克服せられたということができる。認識主観としての純粋自我は、フィヒテにおいて、事行《じこう》的として弁証法的自我となり、それがフィヒテの実践我として、私はそこに既に新なる実在の世界が開かれたと思うのである。カントにおいて道徳的当為としての実践我の世界は、フィヒテにおいて実在的世界となったのである。シェリングにおいて、その立場から絶対的インディフェレンツまたはイデンティテートとして、一旦スピノザ的になったが、更にヘーゲルに至って、その主観的卵殻を脱して論理的弁証法的実在の世界となった。世界は客観的理性の自己発展の世界となった。世界は、しかし烏滸《おこ》がましいが、私はヘーゲルにおいても、絶対否定的自覚の立場に到らなかったとも思うのである。いまだ徹底的に主観的卵殻を脱していない。ヘーゲルの一般者は真の個を含むものではない。我々の意志的自己、実践的自己を含むものではない。ヘーゲルの理性は、個人的意志的自己に対立したものである。それだけ主観的である。真に我々の意志的自己の自覚の立場において把握せられた実在の原理ではない。それは我々の知的自覚的自己の原理と考え得るでもあろう。しかし我々の真の実践的自己、歴史的行為的自己の自覚の原理ではない。ヘーゲルの実在界は、そこから我々の自己の生れる世界ではない。そこから我々の自己の生死の原理は出て来ないであろう。意志的自己といえば、単に意識的自己の抽象的意志というものが考えられる。しかしそれは真の実践的自己ではない。実践は一々が歴史的創造でなければならない。我々の自己は、一々の実践的決断において、生死の立場に立っているのである、危機に立っているのである。我々の実践的決断は抽象的意識的自己の内より起るのではない。爾《しか》考えるのは、主語的論理の独断によるのである。私はこれについて多く論じた。
我々の真の自己は、歴史的実践的自己にあるのである。歴史的行動というものの外に、実践というものがあるのではない。我々が思惟するということも、歴史的行動であるのである。作られて作る所に、我々は自覚するのである。故に我々の自己は歴史的身体的である。然らざれば、それは考えられた自己たるに過ぎない。かかる自己に執着するのが迷である。絶対否定即肯定ということは、判断的自己の立場からいい得ることではない。それは作り作られる歴史的自己の立場、生死的自己の立場においてでなければならない。道元《どうげん》は自己をならうことは自己をわするるなり、自己をわするるというは、万法に証せらるるなりという。我々は抽象的意識的自己を否定した所、身心一如なる所に、真の自己を把握するのである。今や我々はかかる真の実践的自己、身心一如的自己の自覚の立場から、従来の哲学を考え直して見なければならない。私が再びデカルトの立場へと主張する所以《ゆえん》である。しかしかかる立場においての論理は、デカルトの主語的論理でないことはいうまでもなく、ヘーゲルの弁証法とも異なったものでなければならない。ヘーゲルの論理は弁証法といえども、なおアリストテレス的主語的たるを免れない。客観的精神の論理であって、歴史的実践の世界の、歴史的形成力の論理ではない。我々は歴史的実践の世界においての論理的意識発生の根源に返って、歴史的実践の世界の自己形成の論理を把握せなければならない。それはヘーゲルの理念的弁証法と逆の立場に立つものであろう。歴史的世界の自己形成においては、形相と質料とが何処までも相反するとともに、矛盾的自己同一として、形相から質料へ、質料から形相へ、形が形自身を限定するのである。そこに真に実在即当為、当為即実在である、内外一如的であるのである。
デカルトが神の存在証明について、「第三省察」においていった如き神と自己との関係は、個が全を表現することが全の自己表現となることであり、全一と個多との矛盾的自己同一的に事が事自身を限定することから世界が成立する、自己の始が世界の始であり、世界の始が自己の始であるという矛盾的自己同一の論理から、直《ただち》に理解せられるであろう。両者の対立、相互関係は、自己自身を形成する歴史的世界の両契機として考えられねばならない。有限と無限と矛盾的自己同一の両端として、自己と神とがあるのである。而《しか》して絶対現
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