ンの瞬間的自己限定として、我々の自己は、神によって次の瞬間に存在するのである。私の絶対現在とは、多と一との絶対矛盾的自己同一的形式にほかならない。更に「第五省察」において、神の概念が自己存在を含むとなし、神は欺かないということから、逆に我々の知識の客観性を基礎附けているが、我々に明晰判明なる直観的知識というのは、我々の自己が自己否定において物に証せられる知識であるのである。そこに我々の自己が世界の自己表現の過程として、行為的直観的に見るのである。超越的なる神の媒介を要すると考えるのは、主語的論理の形式に囚《とらわ》れいるが故である。それは分らないものを、更に分らないものを以て説明するにほかならない。完全無欠なる存在というのは、自己自身によってあり、自己自身を限定するものでなければならない。それは表現するものが表現せられるものであり、自己自身を表現するものとしてあるものである。かかる存在形式においては、あるものは自己自身を証明するもの、自己自身を証明するものはあるものでなければならない。かかる意味において、神はそれ自身によってあり、それ自身によって理解せられるものとして、スピノザの如く、すべてあるものは神に於《おい》てあり、神なくして何物もあることもできず、理解することもできないということができるのである。冬の或《ある》日の夜、デカルトは炉辺に坐して考え始めた。彼は歴史的現実的自己として、歴史的現実において考え始めたのである。彼は疑い疑った。自己の存在までも疑った。しかし彼の懐疑の刃《やいば》は論理そのものにまで向わなかった。真の自己否定的自覚に達しなかった。彼の自己は身体なき抽象的自己であったのである。
「何にてもあるものはすべて神に於てあり、神なしに何物もあることも理解することもできない」というスピノザの、それ自身に於てあり、それ自身によって理解せられる神は、絶対矛盾的自己同一的に自己自身を限定する絶対現在、あるいは絶対空間というべきものでなければならない。それは無基底的基底として、歴史的世界の基体と考うべきものである。斯くして、スピノザ哲学に新なる生命を与えることができるであろう。スピノザは、デカルト哲学から、徹底的に主語的方向に向った。そこに我々の自己の自覚的独立性は消されて、神の様相となった。神は何処までも否定的実在となったのである。神は絶対現在として何処までも映されたものから映すものへの方向において、過去から未来への方向において空間的であり、逆に映すものから映されたものへの方向において、未来から過去への方向において時間的であり、意識的である。神は一面に res extensa として空間的であり、一面に res cogitans として意識的である。斯くして二つの属性が考えられる。様相とは、絶対現在の自己限定として、自己自身を限定する形にほかならない。一面には何処までも空間的であり、一面には何処までも意識的である。ordo et connexio idearum idem est, ac ordo et connexio rerum(Prop. 7. p. 2.)ということができる。
 スピノザの原因というのは、すべてカウザ・スイの意義を有《も》ったものと考うべきであろう。本質が存在を含み、その本質が存在としてのみ理解せられるものをいうのである。絶対現在の自己限定としてあるものは、すべて表現するものが表現せられるものとして、かかる性質を有ったものでなければならない。事即理、理即事である。スピノザの十全なる知識とは、絶対の自己否定において自己自身を見る、自覚的直観を意味するものでなければならない。自己が万法に証せらるる所に、我々の知識は十全であるのである。スピノザはいう、我々に十全にして完全なる思想があるということは、神が人間の精神を構成するかぎり、神において十全にして完全なる思想があるということにほかならないと(Prop. 34. p. 2.)。そこに我々は絶対矛盾的自己同一的に自己において神を見、神において自己を見るのである。かかる立場において、我々の自己はその成立の根柢において宗教的であり、哲学的知識は此《ここ》に基礎附けられるのである。故に哲学の方法は否定的自覚であり、哲学の対象は対象なき対象である、自己自身に於《おい》てあり、自己自身によって理解せられる真実在である。スピノザも、十全なる思想とは対象に関係なく、それ自身において考えられるかぎり、真なるもの、即ち対象と一致するものを意味するといっている(Def. 4. p. 2.)。そこに考えるものと考えられるものとが一でなければならない。スピノザの有名なる知的愛 amor Dei intellectualis もこれに基礎附けられるのである。十全なる知識を有す
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