Bヒテにおいて新なる実在の概念が出て来たと思う。デカルト哲学においては、自己自身によってある実体は、主語的方向への超越によって考えられたが、フィヒテにおいては、述語的方向への超越によって考えられたといってよい。
カントからフィヒテへの方向の徹底化は、デカルトからスピノザへの方向の徹底化と同様である。しかもそれは正反対の方向といってよい。矛盾的自己同一的なる我々の自己の自覚の立場から、後者は外の方向へ、前者は内の方向へということができる。同じく形而上学的といっても、フィヒテ哲学とデカルト哲学とは相反する両方向に立つのである。矛盾的自己同一的なる、現実の自己の自覚の立場、即ち絶対否定的自覚の立場に返って、デカルト哲学が批判せられなければならぬとともに、フィヒテ哲学も批判せられなければならない。否、カントの批判哲学そのものも批判せられなければならない。カントの批判哲学の立場は、その根柢に主体的自己の独断を脱していない。私はなお一度深く徹底的に、デカルトの否定的自覚の立場、自覚的分析の立場に返って、考え直して見なければならないと主張する所以《ゆえん》である。今日あたかもデカルト時代の如く、従来の思想伝統が、その根柢から考え批判せられなければならないといわれる時代、我々は再びデカルトの問題に返って考えて見なければならない。それはカントの如くに、如何にして客観的知識が可能なるかとの問題ではなくして、自己自身によってあり、自己自身を限定する真実在とは、如何なるものなるかとの問題でなければならない。学問も歴史的世界の所産である。カントの時代は、世界が科学から考えられた。今日は科学が世界から考えられなければならない。
最初から、内と外、主観と客観、内在と超越という如き対立を考え、外から内を考えるのも独断的であるが、内から外を考えるのも独断的たるを免れない。「存在の前に当為がある」、存在から当為は出て来ないという。然らば爾《しか》考えるものは何物であるか。考える何物もないのであるか。考えるものがなければ、当為ということもない。斯くいうのが誤《あやまり》であるならば、誤る自己がなければならない。ないというならば、爾いう自己がなければならない。デカルトはコーギトー・エルゴー・スムといって、自己から出立した。しかし彼はその前に自己の存在まで疑って見た。而して彼はそこに考えるものが考えられるものであるという主語的実体の矛盾的自己同一的真理を把握したのである。私はこれに反しそこから新なる論理と新なる実在の概念が出なければならなかったと考える。しかし彼はアリストテレス的論理と実在の考の上に出なかった。我々の自己自身の実在を考える論理は、我々の自己を外延として含む一般者の論理でなければならない(私のいわゆる場所的論理)。カントの対象認識の論理は、最初からかかる実在を否定した論理である。考える自己が、対象的に考えることのできないのはいうまでもない。然るにアリストテレスの論理は、無論自己を包むものではないが、その主語となって述語とならないというヒュポケイメノンは、カントの認識対象というよりも、広い意味を有《も》つということができる。私が考えるという時、その私というのは、一応主語的意義を有つということができる。無論、私がここに広いというのは、未定的という意義に過ぎない。この故に私はかつてカント哲学を越えて、新なる論理の立場を求めた時、アリストテレスのヒュポケイメノンの立場へ返って考えて見た。今日人の考える如く、論理は我々の自己の主観的形式ではない。論理の立場とは、主客の対立を越えて、主客の対立、相互関係も、そこから考えられる立場でなければならない。我々の自己が自己を考えるのも、論理的形式によって考えているのである。我々はカント哲学の独断を否定して、新なる自覚の立場から出立しようとする時、その立場は何処までも論理的でなければならない。而してそこに論理の深い自己反省がなければならない。然るに無造作に因襲的論理の立場から出立する人は、因襲的立場以上のものは、すべて神秘的などと考えている。
カント以後、主観的自己の立場を否定して、純なる論理的立場に立った人は、ヘーゲルである。フィヒテが「自己が自己である」Ich−Ich という立場から出立したのに反して、ヘーゲルは「有」から出立した(〔Encyklopa:die〕, ※[#ローマ数字1、1−13−21]. §86.)。ヘーゲルの哲学は、自己自身によってあり自己自身によって理解せられる論理的実在の哲学であった。そこにデカルトと結合するものがあると思う。しかもヘーゲルはデカルトと異なって、そこに新なる実在と論理の原理とを把握した。それがヘーゲルの弁証法である。ヘーゲルによって、始めて自己自身によってあり、自己自身を限定する
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