まで記し、各番号の下に「金銀」だの「珠玉」だの「領地の献品」だのと云う文字がある、中には何年何月某国に対する戦勝の捕獲品と書いたのも一個あり、又美術品と記したのも有る、けれど一番多いのは金銀である、十七個のうち半分までは此の文字が見える。
 余の開いたのは十七箱の総目録の入って居る所を見ると無論第一号である。余は目録を読み、口の中で「第一号のは家珍」と呟いた、家珍と云えば多分は金銭にも替え難く丸部家の子々孫々に伝う可き品で有ろう、斯う思うて「宝などは」と見限って居た身も自から動悸で高く成って来る、愈々中蓋を開くと、其の下には又其れぞれに小さい箱詰になって居る、其の一番上の箱から昔の王冠が出た、無論金製である。
 之は割れたのを纒めて入れて有ったと見え、取り出すと共に四個に割れて了った、併し如何にも家珍の一である、是で此の家の先祖が王族から出た事が分る、爾して此の王冠のグルリに幾個となく珠玉が輝いて居て、其の真中の一個は、火の燃えるかと疑われる紅宝石《るびい》である、径一寸ほども有ろう、其の質の優れた事は単に是のみでも巨万の富である、是より取り出し又取り出すと袋も有る、箱も有る、袋の一個には香料が入って居たのだ、今の馥郁と立ち上った香気の元も分った、王冠の外に女王の冠も有る、之も価の積り切れぬ多くの珠玉の飾りである、次から次へ、頸輪《くびわ》も出た、腕飾も出た、指環や金釦などを初め衣服の粧飾品や、文房具の様な物や、孰れも金製又は銀製にて、今の世には求めて得られぬ高貴の珠玉を鏤入《ちりばめ》て有るので、是だけでもランカスター朝廷の一切の宝を集め盡くしたのではないかと疑われる。

第百十五回 猶だ無用心

 箱の中の宝の数々は茲に記し盡くす事は出来ぬ、金目に積る事さえ六かしかろう。
 此の箱一個にさえ是ほどなれば総て十七個の箱を悉く開いたら何れほどの宝が出よう、幸いにして余は、イヤ不幸にして余は宝も何も惜からぬ今の位地に立って居る故、唯宝の多いのに驚くだけで済むけれど、若しも今日以前の如く浮世の慾の猶絶えぬ人間で有ったならば必ず気絶する所だろう、我が物ならば嬉しさに、人の物ならば羨ましさに、或いは発狂までもするか分らぬ。
 斯うなっては、箱を開くさえ無益だと思った先刻の様に引き替え、何だか外の箱をも窺いて見たい、決して宝の欲しい訳ではないが、云わば我が眼に贅沢をさせ度いのである、是ほどの宝を眸瞼《ひとみ》へ写すと云う事は王侯貴人でも先ず出来まい、秀子は余の気を察したか「念の為之と之を開けて御覧なさい」と云い次に並ぶ二個の箱を指さして、即ち「第二号金銀」と目録に在る箱と「第三号、珠玉」とある箱で有る。
 金銀、珠玉、ハテな何の様な金銀だろう、何の様な珠玉だろう、慾のない身も胴震いのする様な気持と為った、先ず第二号を開いたが、蓋も中蓋も前の通りで、唯中の実物だけ違って居る中には竪に九個の区画をして有って、其の一画毎に何々時代の金貨などと貼り紙が附き、昔の通貨が全く満々て居る、其の区画の六個は金貨で、残る三個が銀貨である、余は余りの事で手を触れると神聖を汚す様に思い、唯小声で「アアわかりました」と云った切り蓋を閉じた、猶心は鎮まらぬけれど、何となく長居するのが恐ろしく成って直ぐに次の「第三号」を開いた、之には区画もない唯幾個となく袋が入って居る。
 袋の中が定めし珠玉だろうと思い、試みに一番上の手頃なのを引き上げようとすると、知らなんだ、袋は既に朽ち果てて、中の物の重みの為、脆く破れた、破れたと共に余は「キャッ」と叫び目を塞いで退いた、是が退かずに居られようか、袋の中から戛然《かつぜん》の音と共に散乱して溢れ出たのは目を衝く様な無数の光る物である、薄暗い室の中に、秀子の持って居る手燭の光を反映し、殆ど天上の星を悉く茲へ落したかと怪しまるる許りである、唯|燦々《きらきら》と暈《まぶ》しく輝くのみである、此の正体は問う迄もなく夜光珠《だいやもんど》で、中には十二乗を照すとも評す可き巨《でか》いのもある。
 秀子も余ほど驚いた様子で無言のまま立って居る、余は溢れた珠玉を元の袋に納めるも無益と知って其のまま蓋を閉じ「サア秀子さん、兎も角も茲を立ち去りましょう」と云った、秀子は仲々落ち着いて居る「イエ未だ」と云い暫くして「初めに開いた第一号の中に何か書き附けが有った様です、アレを読んで御覧なさい、其の上で立ち去りましょう」言葉に従い余は再び第一号の箱に向かい前に見た目録を取って調べると「珠玉」と記した箱は都合三個「金銀」と記したのが七個、残る七個は様々である、一箱のうちに纔《わずか》に一袋さえアノ通りなら一切で何れ程で有ろう、王侯よりも貴いと云うのは無理もない、全く全英国の国家ほどの値打ちが有る、是ほどの宝ならば、成ほど塔を立て此の様にして保蔵する外は有るまい、今まで此の塔の伝説を聞く者が、此の家の先祖を狂人の如くに云い其の用心の深過ぎるを笑ったとか云う事だが此れだけの宝を得て狂人に止まったのは猶心の確かな人と云わねば成らぬ、殊に其の用心とても此の宝に対しても猶無用心と云っても宜い、増して其の時代が閣竜英の乱の時で国王は弑せられ貴族は憎まれ、贅沢品は容赦なく取り上げられる物騒の極で有った事を思えば、縦んば余自身が其の人で有ろうとしても充分是くらいの、否是より以上の用心をする所である、と云って実は是より以上の用心とは聊か其の工夫にも困る訳だテ。
 余は目録を持ったまま此の様な事を思って暫し茫乎《ぼんやり》として居たが、秀子は背後から「其の目録では有りません、ソレ香料の袋の下に別に羊革紙が見えるでは有りませんか、其れに何を書いてあるかお読みなさいと云うのです」余は初めて我に復り、香料の袋の下を見ると成ほど羊革紙が見えて居る、宛も遺言状の様に丁寧に巻いてある、引き延して之を読むと、
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「丸部家第十四世の孫|朝秀《あさひで》、茲に誠意を以て証明す、此の塔に蓄うる金銀珠玉一切の宝物は正統の権利に依り、何人も争う可からざる丸部家の所有なり。
 事の仔細は別に当家の記録に明かなり、余は先祖代々の志を嗣ぎ、幾年の辛苦を以って、夜陰に之を水底より取り集め得たり
 「此の宝、水底に在りし事、凡そ二百五十年なり、貴重なる絵画、絹布等祖先の目録に存する者は、惜む可し悉く水の為に敗し去りて痕跡なし、唯金銀珠玉の如き、年を経て朽ざる者のみ満足に存したれば、余は十有七個の箱に入れ、之を此の塔の底に蔵《かく》す
 「余の子孫之を取り出す事を得ば、余の祝福は宝と共に其の身に加わらん
 「余の子孫ならざる者、若し之を取り去らんか、余丸部朝秀の亡霊は其の人に禍せざれば止まざらんとす
 願くは子々孫々之に依りて永遠限りなき幸福を享けよ」
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 之だけの文句であるが、此の宝が丸部家の物である事を知るには充分である。

第百十六回 声も言葉も――出ぬ

 読んで了った此の書き附けは、先祖の遺骸の握って居た鍵と共に持って行って叔父に渡すが至当だろうと、軈《やが》て余と秀子との間に相談が極《きま》った、叔父に渡せば、宝を取り出すなら取り出す、遺骸を改葬するなら改葬すると、夫々処分も定まるだろう。
 何しろ余り莫大の宝だから此の上茲に長居するは空恐ろしい、余は第一号の箱をも成可く元の通りに蓋をして、手燭を以て先に進む秀子の後に随って茲を去った、頓て塔の出口間近くまで進むと秀子は余を顧み「是だけの宝が今まで人手に渡らなんだのは全く先祖の霊が保護して居たのでしょう、昔からの伝説を聞き込んで此の宝を取り出そうと計企《たく》らんだ人は何人あるかも知れません、既にお紺婆なども其の一人で実は宝を目当に此の塔を買ったのですが、生憎無学で咒語を読む事さえ出来ず、息子の高輪田長三へ相談しましたけれど長三は一口に伝説を蹶做《けな》して了いました、其だから彼は此の塔を売る気にも成ったのでしょう、若し彼がお紺婆と同じ心に成ったなら此の塔は再び丸部家の血筋の者へは復らぬ所でした」余「成ほど先祖の冥護にも依るでしょうが、全く貴女の熱心の為ですよ、貴女の智慧に依らぬ限りは、此の宝は永久地の底へ埋って了う所でした」
 語る間に、道も迷わず漸く時計の機械室の外に在る石の壁の所へ着いた、思えば此の塔を建てた当人さえ出る事が出来ずして悶き死んだ程の所を無事に茲まで出て来たのは之も冥護に因るだろうか併し何方かと云えば余は冥護のない方が望ましかった、出る事が出来ぬとならば、秀子と一所に死ぬる事も出来、又死に際には権田時介との約束に縛られて其れが為に秀子に賤《いやし》まれる様に仕向けた次第を打ち明け、充分に詫びて秀子の心を解く事も出来得るで有った者を、儘ならぬ浮世とは此の事だろう、併し未だ石の戸の関所が有る、此の関所は真逆に冥護では動くまいと思って居ると、秀子は説明《ときあか》す様に「アノ緑盤は重い此の戸に引かれて居ますから動かす事は出来ませんが此の戸を動かしさえすれば緑盤は自然に開きます」と云い、更に壁を検めて「確か図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、203−上1]に由ると此の辺に、戸の凸点を遮って居る壁の障子を外す穴が有る筈です、内部からは何うにも仕様がなく、唯十一時を待つ一方ですが、茲からならば何時でも開かれましょう、此の一事を見ても先祖朝秀卿の行き届いた苦心が分ります」とて、暫し壁を探って居て「アア有りました、サア」と云い石の戸を開けて了った。
 余り苦もなく開いたのに聊か呆気に取られる心地はしたが、最早機械室の中へ這入らぬ訳に行かぬ、這入って見ると成ほど緑盤も開いて居る、秀子は先ず余に緑盤の所を潜らせ、後で時計の機械を何うかして居る様で有ったが間もなく其の身も潜って出た、出ると直ちに石の戸も、之に引かれて居る緑盤も塞がった、余と秀子は余の居室の真上に当る所謂時計室の広い所へ立ったが、思わずも顔と顔とを見合わした、余の己惚かは知らぬけれど秀子の眼にも寧ろ無事に出られたのを悔む色が見えて居る。
 是より余の居室の外に在る縁側へ下ると、怪しや、中から此の室の戸を引っ掻く様な音が聞こえる、余は初めて此の室に寝た時、画板《えいた》の間から怪しい手(後に分った虎井夫人の手)の出た事など思い出し、又近く昨夜に、確か此の室から神経を掻き紊す様な恐ろしい叫び声の聞こえた事を思い出し、何か室の中に尋常《ただ》ならぬ事が有りはせぬかと気遣った、併し之は秀子に見せ可き次第でないから、後で独りで検めて見ようと思い「オオ最う大方夜が開け放れました、サア秀子さん、貴女は定めしお疲れでしょう、兎に角一休み成さらねば、エ、お居室《いま》まで私が送りましょうか」秀子は淋しげに笑み「左様です、思って見ると昨日の朝から未だ食事も致しません」全く疲れが顔の面に蒼白く現われて居る、余「サア送って上げましょう」
 全くの他人同様と為って了って、余に送られるのを果たして承諾するや否やと、余は聊か気遣ったが、秀子は承知とも不承知とも言わぬ、唯余の居室の方へ耳を傾け「オヤ、此の室の中には」と云った切りである。余「ナニ何事も有りませんよ」秀子は断乎として「此の戸をお開きなさい、お開きなさい」当惑に思うけれど拒む訳に行かぬ、其のうちに益々物音が高くなるから、止むを得ず戸を開いたが、秀子は余よりも先に、猶手燭を持った儘で進み入った、入ると同時に痛く打ち驚いた様子で、忽ち足を留めて突っ立った、余も続いて這入ったが、目に留る有様の余り非常である為に同じく足が留って了った。暫しは声も言葉も出ぬ。

第百十七回 天の裁判

 若し秀子よりも先に余が此の室に入ったのならば、余は決して此の室に秀子を入れはせぬ、此の有様を見せはせぬ、何とか口実を設けて閾《しきい》の外から立ち去らせる所で有ったけれど、悲しや余よりも秀子が先に入って、此の様を見たのだから今更如何ともする事が出来ぬ。
 それでも余は猶何とかして秀子を立ち去らせ度い者と、其の肩に手を掛けて「サア秀子さん彼
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