を、押し掛けて行く事も出来ず、身を掻きむしる程の思いで控えて居ると二日、三日、四日を経って、叔父はニコニコ者で帰って来た、帰って来て直ぐに余を一室へ呼び、今迄の陰気な顔を、見違える程若返らせて「コレ道九郎、其の方に祝して貰わねば成らぬ事が有る、何しろ目出度いよ」余は悸《ぎょっ》とした、「ハイ、夫ほどお目出度い事ならお祝い申しますが」と返事の声も何となく咽に詰った、叔父「己は此の年に成って此の様に嬉しい事はない」余に取っては少しも嬉しくはない、叔父「本統に嬉しいよ、アノ『秘書官』の著者よなア」余「エヽエヽ松谷秀子ですか」叔父「爾よ、其の松谷秀子がよ、己の親切に絆《ほだ》されて、到頭約束をして呉れた」余は全く声が出ぬ、漸く縊《くび》られる様な思いで「何時御婚礼を成されます」と問い返した辛さは真に察して貰い度い。

第十七回 小利口な前置き

「何時御婚礼を為されます」との余の問いに、叔父は甚く驚いた様子で「其の方は何を云うのだ婚礼などと」余は怪訝に思い「松谷秀子と貴方の御婚礼は」叔父「アハヽ是は可笑しい、其の方は五十に余った己が再び婚礼すると思うのか、爾ではないよ、松谷秀子を己の養女にする
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