たが、直ぐに我が目の前に、鉄砲を手に持ったまま立って居るは確かに秀子だ、余は呆れて一語をも発し得ぬ間に、秀子は落ち着いた声で「オヽ貴方はお怪我がなかったのですか、万一にも貴方を射ては為らぬと私は深く心配しましたが」と、早や鉄砲を一方の卓子の上に置き、介抱でも仕ようと云う面持で余の傍へ寄って来る、嗚呼余は怪美人を助ける積りで却って怪美人に助けられた、扨は余が命の親は此の美人で有ったかと思えば憎うはない、余「実に貴女の落ち付いて居らっしゃるには驚きました、全く其のお蔭で私は助かりました」怪美人は頬笑みて「貴方は私を助けて下さる為に、アノ窓から飛び込んだのでしょう」余「ハイそうでは有りますが、迚も私の力で虎を退治する事は出来ず、反対に貴女に助けて戴いたのは」怪美人「イヽエ、全く私が貴方に助けられたのです。私は此の室に這入って初めて虎の居るのに気の附いたとき、射殺すより外はないと思いましたが、若し遽てて鉄砲を取り上ぐれば虎が悟って直ぐに飛び附くだろうと思い、何うかして虎が少しの間でも他の方角へ振り向く時は有るまいかと唯夫を待って居たのです、或る旅行家の話に何でも猛獣に出会ったとき少しでも恐れを
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