けて居る者とすれば迚も此の言葉に敵する事は出来ぬ、顔を赤めるとか遽《あわ》ててマゴつくとかする筈だ、処が怪美人は少しもマゴつかぬ、唯単に合点の行かぬと云う風で而も極めて穏かにお浦に振り向き「オヤ貴女の仰有る事を聴くと、何だか私が其の古山お酉だと云う様にも聞こえますが――」お浦「などと幾等おとぼけ成すっても無益ですよ、お酉が其の後米国へ渡った事まで知って居る人が有るのですから」怪美人は宛もお浦を狂気とでも思ったか全く相手にするに足らぬと云う風で「オヤ爾ですか」と云い、頬笑んで止んで仕舞った、若し此の頬笑みが通例の顔ならばセセラ笑とも見えるで有ろうが、非常に美しい此の美人の顔にはセセラ笑いなどと云う失敬な笑いは少しも浮ばぬ。何所迄も愛嬌のある頬笑だ、余は此の有様を見て全く此の美人松谷秀子が古山お酉でないと云う事を見て取った。尤も此の様を見ずとても下女や仲働きが「秘書官」と云う様な文章も観察と共に優れた本を著わし得る筈はない故、少し考えればお酉でないと充分に分る所では有るのサ。
斯う軽く受け流されて浦原嬢は全く焦気《やっき》だ「オヤ、オヤ、夫では貴女はお酉を知らぬなどと白ばくれ成さるのです
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