手際だから客一同は喝采した。真に満堂割るる許りの喝采で、中には「朝倉男爵万歳」とまで褒める者も有った。猶も見て居る中に此の美人、即ち松谷秀子は、充分主人に頼まれた者と見え、其の所に在る音楽台に行き、客一同に会釈して音楽を奏し始めた、その上手な事は実に非常だ、爾して謡う声も鶯喉《おうこう》に珠を転すとやら東洋の詩人なら評する程だ、満堂又も割れる許りの喝采が起った、今度の喝采は全く怪美人の芸を褒めるので、主人男爵は与《あず》からぬのだ、頓て音楽が終ると美人の身体は段々に小さくなり何時の間にか幻燈の影と変って、羽の生えた天人の子供と為り天上の楽園の舞と成って終った、イヤサ黒人の幻燈なら此の通り手際好く終る所で有ろうが、流石は素人――イヤ流石などと褒めるには及ばぬ――其所は素人の悲しさで、幻燈の影を美人と差し替える事は出来るが、其の美人を逆戻しに段々小さくして元の幻燈の影にする事は出来ぬ、実は音楽の終ると共に手取り早くパッと燈光を消して満堂を元の暗にして結局を附けた、寧そ此の方が厭味が無くて好いと客の半分ほどは止むを得ずお世辞を云った、仲々お世辞の言い方は有る者だ。
再び満堂が明るくなると松
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