の云った通り茲に居たのは確かである、余の机に倚りて何か書き認めた者と見え、筆の先が新たな墨色を帯びて居る、爾して一方には絹の手巾が有る、秀子の常に用うる香水の匂いで秀子の品と分る、取り上げて見れば是も猶湿った儘であるが、此の湿りは何であろう、問うまでも無く涙である。泣きながら何事をか書いたとすれば、愈々書き置きらしく思われるが、其の書き置きは何所へ置いたで有ろうと、余は余ほど捜したけれど見当らぬ。捜し盡くして再び卓子の所へ返ると卓子の片端に大きな一冊の本が表紙だけ開いてある、見れば余が初めて叔父と共に此の塔へ来た時に此の室で見出した祖先伝来の彼の聖書で、其の表紙の裏に在る咒文が出て居る「明珠百斛、王錫嘉福、妖※[#「※」は「かみがしらの下に几」、読みは「こん」、182−上21]偸奪、夜水竜哭」云々の文句は余が今も猶記憶して居る通りで有る、特に此の咒語を茲へ開いて於てあるのは、何かの謎で、秀子が余に悟らせんとの為で有るまいかと此の様に思うに連れ益々気遣わしい、若しや秀子は、此の家の先祖が落ち込んで再び出る事の出来ずして其の死骸さえ現われぬと云う此の幽霊塔の底へ身を投げたではあるまいか、其
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