ぬ。或いはレペル先生が茲に住んだのは数年前の事で今は何処へか引越したかも知れぬと思ったけれど、潜りから入って陰気な玄関の戸を叩いた。暫くして出て来る取り次は年の頃六十程で、衣服も余ほど年を取って居る、此の向きではレペル先生というも余り世間に交際せぬ老人らしい、其の様な人が、どうして遠く英国に居る秀子を助ける事が出来ようと、余は初めて危ぶむ念を起したけれど、今は当って見る一方だ、余は唯「先生は御在宅ですか」と問うた。取り次の言い様が面白い「ハイお客に依っては御在宅ですが」とて穴の明くほど余の相恰を見た上で「貴方は何方です」余「ポール・レペル先生の知り人から紹介を得て、遠く英国からたずねて来ました」取り次「英国ならば、別に遠くはありません、当家の先生へは濠洲其の他世界の果てから尋ねて来る客もあります」とて、先ず主人が世界に名を知られた身の上なるを匂《ほのめ》かし、次に余の差し出す名刺を威儀正しく受け取って退いたが、思ったよりも早く余は客待室へ通された。
室の中は外の荒れ果てた様とは打って変り注意周到に造作も掃除も行届いて、爾して室の所々に様々の鏡を配列してある。何だか其の配列が幾何学的に
前へ
次へ
全534ページ中314ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング