出ると言い伝えられて居る室を、私の居間にするとは其の訳を聞いた上で無ければ私もお約束は出来ません」美人「イヤ私は自分では神聖と思う程の或る密旨《みっし》を持って居るのですから、其の密旨を達した上で無ければ何事も貴方へ説明する事は出来ませんが――」密旨、密旨、今時に密旨などとは余り聞いた事も無い。併し此の美人のする事を見れば、如何にも密旨でも帯びて居そうだ、密旨、密命に使われて居るので無ければ、人の殺された寝台に寝たり、養母殺しの墓へ参詣したり其の様な振舞はせぬ筈だ、余「其の密旨とは人から頼まれたのですか」美人「イイエ、自分から心に誓い、何うしても果さねば成らぬ者と決して居るのです、是だけ打ち明けるさえ実は打ち明け過ぎるのですけれど、貴方は正直な方と見えますから打ち明けるのです」余「夫だけの打ち明け方では未だ足りません、約束は出来ません」美人「イエ、何も貴方の身に害になる事では無く、あの室を居間にさえ為されば必ず私に謝する時が有りますよ」外の人の言葉なら余は決して応ずる所で無いが、此の美人の言葉には、イヤ言葉のみで無い目にも顔にも何となく抵抗し難い所が有る、此の異様な請に応ずれば、其の中
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