私は活きて居られぬと思いました、イエ本統ですよ、夫だから亡き後の事を頼む積りで権田時介を呼んで置きました」猶だ余よりも彼の権田弁護士を真逆の時の頼みにするかと思えば余は何となく不愉快だ、余「シテ権田は最う来ましたか」秀子「ハイ最う多分着く時分です」余「私は権田の身に成りたいと思います、若し権田の様に私を信任して下さらば権田の百倍も貴女の為に盡しますが」秀子「アレ信任などと、私は――何れほど、貴方を頼みにして居るか知れませんのに」余「頼みにするとて私へ愛と云う一言をすらお酬い下さらぬでは有りませんか」是が嫉妬と云う者か、余は斯様な事を言う積りでなかったのに、知らず知らず口が辷った、秀子「私の様な到底人の妻と為られぬ者の愛を得たとて何に成ります」余「妻になる成らぬは構いませぬ、唯貴女に愛せられて居るとさえ思えば――」秀子「ではそうお思いに成って宜《よ》いのです」と云ったが、是も言うて成らぬ事を云ったと思ったのか直ちに余の胸に前額《ひたい》を隠した。
 余は夢の様に恍惚として「秀子さん、其のお言葉を聞けば私は身を捨てても――イヤ貴女の身に人の妻と為られぬ何の様な事情が有ろうとも其の事情を払い
前へ 次へ
全534ページ中197ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング