そうで無く、却って何だか満足の様子で「ハイお教え申しましょう」余「ですが貴女は此の塔に」美人「イイエ、私は此の塔に少しも関係は無い者です」余「けれど時計の捲き方まで心にお掛け成さるとは」美人「其の様に諄《くど》くお問いなさると私は怒りますよ、塔に少しも関係の無い者と申せば夫で好いでは有りませんか」柔しい中に犯し難い口調を罩《こ》めて言い切った、色々問い度い事ばかりだけれど此の後は問う訳に行かぬ、其の中に分る時が有るだろうと断念《あきら》めて口を噤んだ、スルト今度は美人から反対《あべこべ》に「貴方は此の塔の中を色々検査成さるお積りでしょうね」と問い掛けた、勿論其の積りでは有るけれど、最と能く美人の素性を見極め度いと思い「ハイ斯う日が暮れては検査も出来ませんから、明日の事として、是から貴女をお宿まで送りましょう」随分無躾な言い方では有るが美人は別に怒りもせず「イエ猶《ま》だ私は少し見度い所が有りますから」と答え、早や余に背を向けて塔の下へ降りて行く、余は急いで後に尾き、共々に階段を降ったが、美人は玄関の方へは出ず、裏庭の方へ出た、此の時既に七時を過ぎ、暮色蒼茫と云う時刻だ、美人は衣服の襞《
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