である、是ほどの宝を眸瞼《ひとみ》へ写すと云う事は王侯貴人でも先ず出来まい、秀子は余の気を察したか「念の為之と之を開けて御覧なさい」と云い次に並ぶ二個の箱を指さして、即ち「第二号金銀」と目録に在る箱と「第三号、珠玉」とある箱で有る。
金銀、珠玉、ハテな何の様な金銀だろう、何の様な珠玉だろう、慾のない身も胴震いのする様な気持と為った、先ず第二号を開いたが、蓋も中蓋も前の通りで、唯中の実物だけ違って居る中には竪に九個の区画をして有って、其の一画毎に何々時代の金貨などと貼り紙が附き、昔の通貨が全く満々て居る、其の区画の六個は金貨で、残る三個が銀貨である、余は余りの事で手を触れると神聖を汚す様に思い、唯小声で「アアわかりました」と云った切り蓋を閉じた、猶心は鎮まらぬけれど、何となく長居するのが恐ろしく成って直ぐに次の「第三号」を開いた、之には区画もない唯幾個となく袋が入って居る。
袋の中が定めし珠玉だろうと思い、試みに一番上の手頃なのを引き上げようとすると、知らなんだ、袋は既に朽ち果てて、中の物の重みの為、脆く破れた、破れたと共に余は「キャッ」と叫び目を塞いで退いた、是が退かずに居られようか、袋の中から戛然《かつぜん》の音と共に散乱して溢れ出たのは目を衝く様な無数の光る物である、薄暗い室の中に、秀子の持って居る手燭の光を反映し、殆ど天上の星を悉く茲へ落したかと怪しまるる許りである、唯|燦々《きらきら》と暈《まぶ》しく輝くのみである、此の正体は問う迄もなく夜光珠《だいやもんど》で、中には十二乗を照すとも評す可き巨《でか》いのもある。
秀子も余ほど驚いた様子で無言のまま立って居る、余は溢れた珠玉を元の袋に納めるも無益と知って其のまま蓋を閉じ「サア秀子さん、兎も角も茲を立ち去りましょう」と云った、秀子は仲々落ち着いて居る「イエ未だ」と云い暫くして「初めに開いた第一号の中に何か書き附けが有った様です、アレを読んで御覧なさい、其の上で立ち去りましょう」言葉に従い余は再び第一号の箱に向かい前に見た目録を取って調べると「珠玉」と記した箱は都合三個「金銀」と記したのが七個、残る七個は様々である、一箱のうちに纔《わずか》に一袋さえアノ通りなら一切で何れ程で有ろう、王侯よりも貴いと云うのは無理もない、全く全英国の国家ほどの値打ちが有る、是ほどの宝ならば、成ほど塔を立て此の様にして保蔵する外は有るまい、今まで此の塔の伝説を聞く者が、此の家の先祖を狂人の如くに云い其の用心の深過ぎるを笑ったとか云う事だが此れだけの宝を得て狂人に止まったのは猶心の確かな人と云わねば成らぬ、殊に其の用心とても此の宝に対しても猶無用心と云っても宜い、増して其の時代が閣竜英の乱の時で国王は弑せられ貴族は憎まれ、贅沢品は容赦なく取り上げられる物騒の極で有った事を思えば、縦んば余自身が其の人で有ろうとしても充分是くらいの、否是より以上の用心をする所である、と云って実は是より以上の用心とは聊か其の工夫にも困る訳だテ。
余は目録を持ったまま此の様な事を思って暫し茫乎《ぼんやり》として居たが、秀子は背後から「其の目録では有りません、ソレ香料の袋の下に別に羊革紙が見えるでは有りませんか、其れに何を書いてあるかお読みなさいと云うのです」余は初めて我に復り、香料の袋の下を見ると成ほど羊革紙が見えて居る、宛も遺言状の様に丁寧に巻いてある、引き延して之を読むと、
[#ここから本文より1字下げ(1行目を除く)、本文とのアキなし]
「丸部家第十四世の孫|朝秀《あさひで》、茲に誠意を以て証明す、此の塔に蓄うる金銀珠玉一切の宝物は正統の権利に依り、何人も争う可からざる丸部家の所有なり。
事の仔細は別に当家の記録に明かなり、余は先祖代々の志を嗣ぎ、幾年の辛苦を以って、夜陰に之を水底より取り集め得たり
「此の宝、水底に在りし事、凡そ二百五十年なり、貴重なる絵画、絹布等祖先の目録に存する者は、惜む可し悉く水の為に敗し去りて痕跡なし、唯金銀珠玉の如き、年を経て朽ざる者のみ満足に存したれば、余は十有七個の箱に入れ、之を此の塔の底に蔵《かく》す
「余の子孫之を取り出す事を得ば、余の祝福は宝と共に其の身に加わらん
「余の子孫ならざる者、若し之を取り去らんか、余丸部朝秀の亡霊は其の人に禍せざれば止まざらんとす
願くは子々孫々之に依りて永遠限りなき幸福を享けよ」
[#ここで1字下げ終わり]
之だけの文句であるが、此の宝が丸部家の物である事を知るには充分である。
第百十六回 声も言葉も――出ぬ
読んで了った此の書き附けは、先祖の遺骸の握って居た鍵と共に持って行って叔父に渡すが至当だろうと、軈《やが》て余と秀子との間に相談が極《きま》った、叔父に渡せば、宝を取り出すなら取り出す、遺骸を改葬するなら改葬すると
前へ
次へ
全134ページ中124ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング