る棺の様な箱が皆、宝の入れ物です、此の蓋を開けば分ります」云いつつ秀子は手燭を少しく高く上げ、室の中を見廻す様にした。
 此の室の中央に棺の様な柩が、布に蔽われて並んで居る事は、前に一寸記して置いた、けれども熟くは視もせなんだが、之を真に宝の箱とせば全く莫大な宝である、恐らくは何所の国へ行ったとて一人の目で一時に是ほどの宝を見ると云う事は出来ぬだろう、是ほどの宝が又と有る筈でない。
 秀子は手燭を上げたまま箱の数を算えて居る、余も同じく算えたが都合で十七個ある、其の十七個に多少の大小は有るけれど、一番小さいのが大形の棺ほどに見えて居る、余「何うして之を開きましょう、定めし錠が卸りて居ましょうが」秀子「錠は此の家の先祖が今も猶握って居る鍵で開く事が出来ましょう、借りてお出で成さい」と云って、彼の先祖の倒れて居る石段の方を見向いた、死骸の握って居る鍵を取るとは何とやら気が進まぬけれど、秀子の言葉が毎もより断乎として宛も兵卒に対する将軍の号令の様である、余の神経が揺《うご》いて居る為此の様に聞えるのか、将た秀子の決心が非常に強い為自から此の様な声を発するのかも知らぬけれど、背く事の出来ぬ命令である、余は先に自分で其の顔に手巾を被せて置いた彼の亡骸《なきがら》の傍へ生き、震える手先で鍵を取った。爾して箱の所へ返ると、秀子は余を励《はげま》す気か「此の箱を開くのに少しも気の咎める所は有りません、開かずに置いてこそ済まぬと云う者です、サア先ず此の箱からお開き成さい」
 指さしたのは一方の隅に当る一番大きな箱である、余は秀子の挙げて居る手燭の光りの下で、布の蔽を取り除けた、鍵穴をも見出した、之を開くに多少の困難は有ったけれど記すには足らぬ、頓て箱の蓋を開き得た、箱は何の飾もない白木である。
 蓋を開くと共に、得も云えぬ香気が馥郁《ふくいく》と立ち上った、是は宝と共に何か高貴な香料を詰めて有るのであろう、後世此の箱を開く我が子孫に厭な想いをさせまいと云う先祖の行き届いた注意らしく思われる、第一に目に附くは此の室の腰掛けを張って有ると同じ様な緋羅紗である、腰掛は全く色が褪めて居るけれど、箱の中のは猶だ燈立《もえた》つ様に赤く見ゆる、此の緋羅紗を取り除くと下に一枚の板がある、之が中蓋であろう、此の中蓋の上に洋革紙を貼り附けて総目録と書いてある、先ず是を読んで見ると、箱の番号を一から十七まで記し、各番号の下に「金銀」だの「珠玉」だの「領地の献品」だのと云う文字がある、中には何年何月某国に対する戦勝の捕獲品と書いたのも一個あり、又美術品と記したのも有る、けれど一番多いのは金銀である、十七個のうち半分までは此の文字が見える。
 余の開いたのは十七箱の総目録の入って居る所を見ると無論第一号である。余は目録を読み、口の中で「第一号のは家珍」と呟いた、家珍と云えば多分は金銭にも替え難く丸部家の子々孫々に伝う可き品で有ろう、斯う思うて「宝などは」と見限って居た身も自から動悸で高く成って来る、愈々中蓋を開くと、其の下には又其れぞれに小さい箱詰になって居る、其の一番上の箱から昔の王冠が出た、無論金製である。
 之は割れたのを纒めて入れて有ったと見え、取り出すと共に四個に割れて了った、併し如何にも家珍の一である、是で此の家の先祖が王族から出た事が分る、爾して此の王冠のグルリに幾個となく珠玉が輝いて居て、其の真中の一個は、火の燃えるかと疑われる紅宝石《るびい》である、径一寸ほども有ろう、其の質の優れた事は単に是のみでも巨万の富である、是より取り出し又取り出すと袋も有る、箱も有る、袋の一個には香料が入って居たのだ、今の馥郁と立ち上った香気の元も分った、王冠の外に女王の冠も有る、之も価の積り切れぬ多くの珠玉の飾りである、次から次へ、頸輪《くびわ》も出た、腕飾も出た、指環や金釦などを初め衣服の粧飾品や、文房具の様な物や、孰れも金製又は銀製にて、今の世には求めて得られぬ高貴の珠玉を鏤入《ちりばめ》て有るので、是だけでもランカスター朝廷の一切の宝を集め盡くしたのではないかと疑われる。

第百十五回 猶だ無用心

 箱の中の宝の数々は茲に記し盡くす事は出来ぬ、金目に積る事さえ六かしかろう。
 此の箱一個にさえ是ほどなれば総て十七個の箱を悉く開いたら何れほどの宝が出よう、幸いにして余は、イヤ不幸にして余は宝も何も惜からぬ今の位地に立って居る故、唯宝の多いのに驚くだけで済むけれど、若しも今日以前の如く浮世の慾の猶絶えぬ人間で有ったならば必ず気絶する所だろう、我が物ならば嬉しさに、人の物ならば羨ましさに、或いは発狂までもするか分らぬ。
 斯うなっては、箱を開くさえ無益だと思った先刻の様に引き替え、何だか外の箱をも窺いて見たい、決して宝の欲しい訳ではないが、云わば我が眼に贅沢をさせ度いの
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