、夫々処分も定まるだろう。
何しろ余り莫大の宝だから此の上茲に長居するは空恐ろしい、余は第一号の箱をも成可く元の通りに蓋をして、手燭を以て先に進む秀子の後に随って茲を去った、頓て塔の出口間近くまで進むと秀子は余を顧み「是だけの宝が今まで人手に渡らなんだのは全く先祖の霊が保護して居たのでしょう、昔からの伝説を聞き込んで此の宝を取り出そうと計企《たく》らんだ人は何人あるかも知れません、既にお紺婆なども其の一人で実は宝を目当に此の塔を買ったのですが、生憎無学で咒語を読む事さえ出来ず、息子の高輪田長三へ相談しましたけれど長三は一口に伝説を蹶做《けな》して了いました、其だから彼は此の塔を売る気にも成ったのでしょう、若し彼がお紺婆と同じ心に成ったなら此の塔は再び丸部家の血筋の者へは復らぬ所でした」余「成ほど先祖の冥護にも依るでしょうが、全く貴女の熱心の為ですよ、貴女の智慧に依らぬ限りは、此の宝は永久地の底へ埋って了う所でした」
語る間に、道も迷わず漸く時計の機械室の外に在る石の壁の所へ着いた、思えば此の塔を建てた当人さえ出る事が出来ずして悶き死んだ程の所を無事に茲まで出て来たのは之も冥護に因るだろうか併し何方かと云えば余は冥護のない方が望ましかった、出る事が出来ぬとならば、秀子と一所に死ぬる事も出来、又死に際には権田時介との約束に縛られて其れが為に秀子に賤《いやし》まれる様に仕向けた次第を打ち明け、充分に詫びて秀子の心を解く事も出来得るで有った者を、儘ならぬ浮世とは此の事だろう、併し未だ石の戸の関所が有る、此の関所は真逆に冥護では動くまいと思って居ると、秀子は説明《ときあか》す様に「アノ緑盤は重い此の戸に引かれて居ますから動かす事は出来ませんが此の戸を動かしさえすれば緑盤は自然に開きます」と云い、更に壁を検めて「確か図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、203−上1]に由ると此の辺に、戸の凸点を遮って居る壁の障子を外す穴が有る筈です、内部からは何うにも仕様がなく、唯十一時を待つ一方ですが、茲からならば何時でも開かれましょう、此の一事を見ても先祖朝秀卿の行き届いた苦心が分ります」とて、暫し壁を探って居て「アア有りました、サア」と云い石の戸を開けて了った。
余り苦もなく開いたのに聊か呆気に取られる心地はしたが、最早機械室の中へ這入らぬ訳に行かぬ、這入って見ると成ほど緑盤も開いて居る、秀子は先ず余に緑盤の所を潜らせ、後で時計の機械を何うかして居る様で有ったが間もなく其の身も潜って出た、出ると直ちに石の戸も、之に引かれて居る緑盤も塞がった、余と秀子は余の居室の真上に当る所謂時計室の広い所へ立ったが、思わずも顔と顔とを見合わした、余の己惚かは知らぬけれど秀子の眼にも寧ろ無事に出られたのを悔む色が見えて居る。
是より余の居室の外に在る縁側へ下ると、怪しや、中から此の室の戸を引っ掻く様な音が聞こえる、余は初めて此の室に寝た時、画板《えいた》の間から怪しい手(後に分った虎井夫人の手)の出た事など思い出し、又近く昨夜に、確か此の室から神経を掻き紊す様な恐ろしい叫び声の聞こえた事を思い出し、何か室の中に尋常《ただ》ならぬ事が有りはせぬかと気遣った、併し之は秀子に見せ可き次第でないから、後で独りで検めて見ようと思い「オオ最う大方夜が開け放れました、サア秀子さん、貴女は定めしお疲れでしょう、兎に角一休み成さらねば、エ、お居室《いま》まで私が送りましょうか」秀子は淋しげに笑み「左様です、思って見ると昨日の朝から未だ食事も致しません」全く疲れが顔の面に蒼白く現われて居る、余「サア送って上げましょう」
全くの他人同様と為って了って、余に送られるのを果たして承諾するや否やと、余は聊か気遣ったが、秀子は承知とも不承知とも言わぬ、唯余の居室の方へ耳を傾け「オヤ、此の室の中には」と云った切りである。余「ナニ何事も有りませんよ」秀子は断乎として「此の戸をお開きなさい、お開きなさい」当惑に思うけれど拒む訳に行かぬ、其のうちに益々物音が高くなるから、止むを得ず戸を開いたが、秀子は余よりも先に、猶手燭を持った儘で進み入った、入ると同時に痛く打ち驚いた様子で、忽ち足を留めて突っ立った、余も続いて這入ったが、目に留る有様の余り非常である為に同じく足が留って了った。暫しは声も言葉も出ぬ。
第百十七回 天の裁判
若し秀子よりも先に余が此の室に入ったのならば、余は決して此の室に秀子を入れはせぬ、此の有様を見せはせぬ、何とか口実を設けて閾《しきい》の外から立ち去らせる所で有ったけれど、悲しや余よりも秀子が先に入って、此の様を見たのだから今更如何ともする事が出来ぬ。
それでも余は猶何とかして秀子を立ち去らせ度い者と、其の肩に手を掛けて「サア秀子さん彼
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