が高田と云い、此の頃実家の相続をも兼ねてせねば成らぬ事と成った為、実家の姓と養家の姓とを合わせて高輪田と改めた相です。今夜は私の知って居る方へは大抵お引き合せ申す筈です」とて、言葉の中へ秀子にも引き合わせろと云う意味をこめて居るらしい、余は唯「爾ですか」と云うより上の言葉は出ぬ、お浦「爾して此の度根西さんが此の隣の鳥巣庵を借り、私も高輪田さんも、根西夫人が再び旅行に出る迄は一緒に居る筈ですから、此の後は最う隣同志で、毎日お目に掛られます」余は呆れて「アア根西夫妻が隣の家を借りましたか。分りました。先刻窓から私を見て急に姿を隠したのは浦原さん、貴女でしたネ」と極めて他人行儀に恭々しく云うた、お浦「爾です、彼処に居る事を知らさずに不意に来た方が貴方も叔父様もお喜びなさるだろうと思いましたから認められぬ様に姿を隠しましたのさ」旨く口実を設けるけれど、全くの所は秀子へ少しも覚らせずに出し抜けに来て看破すると云う計略の為で有ったに違いない、斯う云う中にもお浦は夫となく室中を見廻して居る、秀子は何処に居るだろうと夫とはなく捜して居るのだけれども秀子の姿は見えぬ、終には耐り兼ねたか「今夜は秀子さんにも逢ってお祝いを述べましょう、ナニ道さん、イヤ丸部さん、私は少しも秀子さんを恨みはしませんよ、元は私が此の家の娘分で、今は追い出されて、其の後を秀子さんが塞いだと云えば世間の人は定めし私が恨む様に思うかも知れませんが夫は邪推です、御存じの通り私は叔父に追い出されたのではなく、自分から出たのですもの、叔父の圧制に堪え兼ねて。夫ですから後へ養女の出来たのを寧そ嬉しいと思って居ます、ハイ全くです」と余に向って斯まで空々しく云うは余り甚い、恨みの満ち満ちた置き手紙を残して置いた癖に、最う夫さえ忘れたのかしらんと、余は之にも聊か呆れた、幼い頃は我儘でこそ有れ斯う嘘など云う女ではなかったのに、イヤイヤ人を欺いて虎の居る室へ追い込み、爾して外からヒの錠を卸して去る様な女だもの、偽りを云う位は何で不思議がある者か。
 お浦は、夫となく再び問うた、「エ、丸部さん、今夜の女主人公は何処に居ます、松谷秀子さんは」余は止むを得ず「多分舞踏場に誰かと踊って居るのでしょう」お浦は思い出した様に「ドレ私も舞踏しましょう、サア高輪田さん」と云って、高輪田を引き立てる様にして舞踏室の方へ行こうとする、此の時丁度塔の上の
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