るかと云う事さえ知らぬ、幽霊塔へ現われる前、秀子は何所に何うして居た女であろう。思えば実に余の位置は空に立つ様な者である。実を云えば此のポール・レペル先生がどうして秀子を助け得るやをさえ知らぬのだ。
 併し先生に逢えば何も彼も分るであろうと独り思い直して元の室へ帰った。暫くすると前の取り次の男が再び来て、先生の手がすいたから此方へと云い、奥深く余を連れて行きとある一室の中に入れた、此の室は今まで居た室と大違い、最と風雅に作り立て、沢山古器物杯を飾り、其の中に仙人の様に坐して居る一老人は確かにポール先生であろう、童顔鶴髪と云う語を其のまま実物にしたとも云う可き様で、年は七十にも近かろうが、顔に極めて強壮な色艶が見えて居て、頭は全くの白髪で有る、余は人相を観ることは出来ぬけれど、此の先生確かに猶太人《ゆだやじん》の血と西班牙人《すぺいんじん》の血を受けて居る、決して純粋の仏国人ではない、先ず余を見て子供に対する様な笑みを浮べて「私の知人から紹介せられたと聞きましたが知人とは誰ですか」
 誰と答えて好かろうかと少し躊躇する間に熟々先生の顔を見るに、実に異様な感じがする、初めて秀子を見た時に、余り美しいから若しや仮面を被って居るのでは有るまいかと怪しんだが、今此の先生の顔を見ても矢張り其の様な気がするのだ、或いは此の人が秀子の父ででもあろうか、イヤ其の様な筈は決して無い、此の様な勢力の有る人が秀子の父なら、何で今まで、秀子が様々の苦境に立つのを見脱して居る者か、秀子は既に父母を失った身の上で有る事が様々の事柄に現われて居る。
 余は此の様に思いつつ、詮方なく「ハイ穴川甚蔵から聞きまして」と云った。先生は少しも合点の行かぬ様子で「ハテな、穴川甚蔵と、其の姓名は私の耳に、左様さ貴方の顔が私の目に新しいと同様に新しいのです」余「エエ」先生「イヤ初めて聞く姓名です」と云って、少し余を油断のならぬ人間と思う様な素振りが見えた。余は大事の場合と言葉を改めた、「ハイ其の穴川と云うは医師大場連斎氏の親友です」先生「アア大場連斎ならば分りました、久しく彼から便りを聞きませんけれど数年前は度々私の門を叩きました、彼の紹介ならば心置きなくお話し致しましょうが、イヤ好うこそお出で下さった、此の様な場合に根本から救う事の出来るのは広い世界に私より外はないのです」
 根本から救うと云う所を見れば、早や
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