出来て居る様に思われる、鏡から鏡へ、反射又反射して、遠く離れた場所の物影が写って見える、余り類のない仕組である、唯是だけでも主人が一通りの人でない事が分るが、又思うと余が茲にウロウロ鏡を眺めて感心して居る様が遠く主人の室に写り、今正に主人に検査せられて居るかも知れぬ。
 斯う思うと急に身構えを直したくなるも可笑しいけれど、主人の室から余の姿が見えれば此の室へも主人の姿が写るだろうと又見廻したが、天井も処々に鏡をはめて有って、爾して天井際の壁に、イヤ壁と天井との接する辺に、幅一尺ほどの隙間がクルリと四方へ廻って居る、此の隙間が、此の室と外との物の影が往き通う路であるに違いない。併し人の姿らしい者は何の鏡にも写っては居ぬ。
 余は身構えを正して許り居る訳には行かず、只管鏡に映る幾面幾色の影を、かれこれと見て廻って居たが其の中に、影の一面へ忽ち人の姿が写った、其の姿たるやだ、旅行服を着けた背の高い紳士で小脇に方一尺ほどの箱の様な物を挾み、急いで立ち去る様な有様で有るが、生憎に背姿で顔は分らぬ、けれど確かに余が目に見覚えのある人らしく思われる。
 ハテな誰だろう、此方《こっち》へ向けば好いと、気を揉んで待ったけれど、歩む許りで此方へ向かず、早や鏡から離れ相に成った。残念だと思う拍子に忽ち気が附き、自ら振り向いて見ると有難い、一方の鏡に反映して、其の人の正面が写って居る、余は実に驚いた、其の人は外でもない彼の権田時介である。

第七十一回 童顔鶴髪

 権田時介、権田時介、余は英国を立つ時にも彼を尋ねて逢い得なんだのに、今此の家から彼の立ち去るを見とむるとは実に勿怪の幸いである。暫し彼を引き留め度いと思い、室の外へ走り出て見たが、鏡に写った彼の影が、実際何処に居る者やら少しも当りが附かぬ、廊下には何の人影もない、更に庭へ降りて門の辺まで行って見たけれど早や彼の立ち去った後と見え、四辺寂寞として静かである。
 彼が何の為に此の家へ来たのか、云う迄もなく秀子の為であろう。併しどうして此のポール・レペル先生に頼る事を知ったであろう。余さえも唯非常な事情を経て漸く知り得た所であるのにイヤ是を見ても彼が余よりも深く秀子の素性を知って居るは確かである。恐らく彼は穴川甚蔵や医師大場連斎などと同じく秀子の身の上を知り盡して居るであろう、然るに余は、然るに余は――そうだ、全くの所秀子が何者であ
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