余の目的を知って居るのか知らん、余は聊か気を奪われ、少し戦《おのの》く様な語調で「実は貴方が御存じの様に聞きます松谷秀子の件も大場氏から聞きましたが」と半分云えば先生は思い出した様に「アア秀子、彼の美人ですか、イイエ彼の件は何うも私の不手際でしたよ、救い方が聊か不充分で有った為、或いは今以て多少の禍いが残りはせぬかと、時々気に掛る場合が有ります、何しろ本来が美人ですから何うも六かしい所が有りました、けれど大抵の事では大丈夫だろうと思って居ます、それにしても貴方は」と云い掛けて熱心に余の顔を眺め「貴方も実に困難なお望みですよ、殆ど秀子と同じ場合で実に惜しむ可き所が有りますから私が充分の力を施し兼ねます、併し秀子の場合で御合点でしょうが、全く根本的に救うのですから決して後悔なさる様な事はありません。秀子とても其ののち何の様な境遇に遭ったかも知れませんが兎に角私を命の親だと思って居ましょう」
余「ハイ貴方を命の親の様に思えばこそ、遙々救うて戴きに来たのですが」
先生「では早速条件を定めて其の上で着手致しましょう。多少の出来不出来こそあれ、万に一つも全く仕損ずると云う事は私の手腕にはないのですから」充分保証する言葉の中にも何だか腑に落ちぬ所が有る。着手するの仕損じがないのと、此の先生は直接に余の身体へ、何うか云う風に手を下す積りでは有るまいか、斯う思うと何だか余は自分の肉が縮み込む様な気持に禁《た》えぬ。
第七十二回 又と此の世に
何うも先生の言葉に、余の腑に落ちぬ所がある。余は秀子を助けて貰う積りで来て、若しや飛んでもない事に成りはせぬかと気遣わしい心が起きた。併し余よりも先に権田時介が来た所を見れば此の先生が秀子を助け得る事は確からしくも思われる、全体権田は何の様に此の先生へ頼み込んだであろう。それさえ聞けば大いに余の参考にも成るのにと、此の様に思ううち先生は独語の様に「妙な事も有る者です、松谷秀子の名前は、久しく思い出さずに居たのですが今日は久し振りで、二人の紳士から別々に其の名を聞きますよ」余は隙《すか》さず「二人の紳士とは、一人は私で今一人は只今此の家を立ち去った権田時介でしょう、彼は私の知人ですが、秀子の事に就いて何を先生へ願いましたか」先生は急に面持を厳かにし「イヤそれはお返事が出来ません、頼って来る人の秘密を守らねば此のポール・レペルの天職は行われ
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