いと見え、宛も鉄の戸扉を叩く様な音だ。
何しろ余り類のない組織だから余は一時、堀の事を打ち忘れる程になって其の鉄板を検めたが、板の真中に、辛《やっ》と人の手が這入る程の穴がある、併し穴の中は真暗だ、余は之に手を入れようとしたが、女か子供の手なら格別、余の様な武骨な手は到底這入らぬ、殊に穴の周辺《ぐるり》が既に錆びてザラザラして居るから、女でも此の穴へ手を入れれば必ず引っ掻かれて怪我するに極って居る、と斯う思うと忽ち思い当ったのは虎井夫人の事だ、夫人が手を引っ掻かれて居るのは、幽霊の真似をして此の塔へ上り、此の穴へ手を入れたのだ、爾だ、爾だ爾だ、爾して秀子は此の穴の事を知って居るのだから、直ぐに夫と看破して彼の夫人を疑う事になったのだ。
夫にしても虎井夫人が何の為に夜深けに此の塔へ上り、鉄板の穴へ手を入れて見る様な異様な事をしたのだろうと、今更の如く怪しんで居るうち、時計は時を打ち始めた、時は即ち午後の四時である、所が奇妙な事には、時計の鐘が一つ打つ毎に、其の鉄板が少し動いて、自然に右の方へ廻る、若し時計が十二時を打つ時には鉄板は必ず一廻りだけ回って了うだろう、爾して其の廻る度に真中の穴へ外から光明が洩れて来る、変だなと、余は光明の洩れる度に其の穴へ目を当てて窺いて見たが光明は上の方から、斜めに指すので、全く天の光明《あかり》だ、暗の夜ならば決して光明は射さぬであろう、併し其の穴から直接に空を見る事は出来ぬ、穴は唯真向うを見る許りで、奥の方に何があるかは能く見て取る事が出来ぬ、其の中に時計は唯四声打って止んだから鉄板も動き止んだ、穴も元の通り真暗に成って了ったけれど余は大変な事を発明した。
外でもない、丸部家の咒語の中に、全く無意味かと思われる句が有ったが其の句は全く此の時計の此の鉄板と此の穴とを指した者だ、読者は覚えて居るだろう、第九句に「鐘鳴緑揺」とあって第十句に「微光閃※[#「※」は、へんが「火」、つくりが「日」の下に「立」、読みは「よく」、77−下4]」とあった事を、是だ是だ、鐘鳴りとは時計の時を打つ事で、緑揺くとは時計の緑色に塗った鉄板が動くと云う事、爾して微光が穴から閃いて輝いた、アア知らなんだ、知らなんだ、是で見るとアノ咒語は決して狂人の作った囈言《たわごと》ではない、確かな謎が籠って居るのだ、丸部家が先祖代々から其の当主にアノ咒語を暗誦させたも無
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