、勿論余は異存など云う可きでなく、最しや腹の中でも無益だろうと思っても念の為探る方が当然には違いないから、唯「アア爾ですか」とのみ答えたが、探って愈々何の様な結果になるだろうとは、神の様な炯眼の読者でも知る事は出来まい、今思うと実に此の様に意外に、恐ろしい結果は又と有るまい、本統に身の毛が逆立つよ。
第三十六回 大変な事を発明
堀の底から何が出るか、既に捜索に着手して居ると云うから、余は行って見たく思うけれど、猶だ医者から外出の許しを得て居ぬゆえ、塔の上から見るとしよう、ナニ堀端まで行った位で余の身体が悪く成る気遣いはないけれど、今は充分に此の身を自重せねば成らぬ時際《とき》だ、是から何の様な闘いに臨まねば成らぬかも知れぬ、毒蜘蛛の巣窟と云う蜘蛛屋へも行かねば成らぬかも知れぬ、秀子の為に骨身を砕かねば成らぬかも知れぬ、何でも大事に大事を取って、一日も早く此の身を鉄の様に丈夫な日頃に癒して了わねばならぬ。
塔の四階に在る自分の室へ登ったけれど、少しの事で充分には見えぬ、もう一階上へ行けばと日頃メッタに昇った事のない時計室へ上って見たが茲ならば先ず我慢が出来る。堀から堤《どて》の九部通りは目の中に在る、堀の中には三艘の小舟があって、一艘は探偵が乗って差図をし、二艘は此の土地の巡査らしい人が乗って網を引き廻して居る、幾等捜したとて消滅した浦原お浦が死骸と為って其の底に沈んで居る筈はない、鯰でも捕える位が関の山だからと此の様には思うけれど何となく終りまで見て居たい。之が人情と云う者だろう。
見て居るうちに余の頭の上で、大きな鳥が羽叩きでもするかと思われる様な物音がした、之は兼ねて秘密の組織と云う此の塔の時計が時を報ずる間際なので、先ず此の様な音を発するのだ、傍で聞くと物凄い程に聞こえる、余は今まで秀子の忠告は受けたけれど深く此の時計の組織などを研究した事はないが、時を打つ時には何か異様な事が有るか知らんと思って、立って検めて見たが、時計の大きさは直径一丈ほども有る、下から見るよりは三倍も大きいのだ、而して其の時刻盤の裏の片隅に直径三尺ほどの丸い鉄板を張ってある、何故か此の鉄板は緑色に塗って有る、何の為の板であろう、時計の機械に甚く関係のある様にも思われぬが、或いは取り脱す事でも出来るか知らんと、力を籠めて動かして見ると仲々動く所ではない、叩いて見ると厚さも可なり厚
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