は怪しむに足らん、お浦の性質として人と約束したり約束を破ったりするのを何とも思わぬ、成るほど余にも高輪田に縁談を言い込まれた事を話した、シテ見ると余と高輪田とへ両天秤を掛けて運動して居たと見える、酷い女だ。
根西夫人も少し驚いた様子で「オヤ高輪田さん貴方はあの朝、又も浦子さんに縁談を申し込んだのですか、私が尚早いから気永く成さいとアレほど貴方に忠告して置きましたのに」高輪田「でも尚早くは有りませなんだ、嬢の承諾して呉れたのが何よりも証拠です」根西夫人「承諾しても失踪したのが尚早かった証拠でしょう、承諾したのを後悔して夫で姿を隠したでは有りますまいか」此の言葉で見ると此の夫人も余ほど高輪田を憎んで居ると見える、高輪田は顔を赤らめたが其のまま叔父に向って言葉を継ぎ「此の様な訳ですから私は何うしても浦子嬢を探し出さねば成りません、夫に就いては今度の森探偵へ千円の懸賞を附したいと思いますが、何うか貴方の御承諾を」叔父「其の様な事なら私から、願いこそすれ故障などは有りません」高輪田「そうして此の探偵が終る迄は私は此の土地に留まります」根西夫人は又聞き咎め「此の土地に留まるとて私共は近々鳥巣庵を引き払いますよ、彼の家を借りたのも全く浦原嬢の望みに出た事で、嬢の行方が知れぬとあれば、アノ家に居るも不愉快ですから、倫敦へ引き上げる積りですが、爾なれば貴方は何所へ逗留なさるのです」と根城から攻め立られ、高輪田は当惑げに、唯「爾なれば――、左様さ爾なれば」と口籠るばかりだ、叔父は見兼ねて「イヤ其の時は此の家へ御逗留なさる様に」高輪田は渡りに船を得た面持で「そう願われれば此の上もない幸いです」と喜んだが、此の男を此の家へ逗留させる事に成っては何の様に不幸が来るかも知れぬと余は窃に眉を顰《ひそ》めた、秀子も無論同じ思いの様だ。
第三十四回 衣嚢《かくし》は何所に
高輪田長三は余ほどお浦に執心で居た者と見え、愈々千円の懸賞を其の探偵に賭けた、爾して全で血眼の様で探偵の後を附け廻って、鳥巣庵へは帰らずに大概は此の家に居る、尤も鳥巣庵の主人根西夫婦は未だ鳥巣庵を引き払いはせず、時々余の病気見舞などに来る、余の叔父朝夫も、出来る丈は探偵と高輪田との便利を与える様にして居る。
探偵は千円の懸賞の為には一入《ひとしお》熱心を増した様だ、けれど少しの手掛りも得ぬ。余を刺した兇徒は何者、お浦の紛
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