葉を搾《しぼ》り其の汁を以て痺れ薬を製するが、之を刃に附けて人を刺せば傷口は火の燃える様に熱く、爾して全身は痺れて了う、若し水に混ぜて此の薬を半グラムも飲めば殆ど何の痕跡をも止めずに死んで了う、数年前迄は医者さえも此の薬で毒殺せられた死骸を検査して毒殺と看破する事は出来なんだと云う事だ、印度の土人は此の草を「悪魔の舌」と呼ぶ相だ、何となく気味の悪い名前である、若しや余の刺された兇器にも此の草の汁を塗ってあったではなかろうか、爾なくば創口の痛みと全身の痺れ工合が到底説明する事が出来ぬ、誰にもせよ斯る危険な毒薬を持った者が此の辺に出没するとせば、見|遁《のが》して置かれぬ訳だ。
 併し余は耳も聞こえる、心も全く確かである、誰か来て助けて呉れれば好いと只管心に祈って居ると、次の室へ誰だか庭の方から這入って来た、直ぐ話声で分ったがお浦と秀子と二人である、何の為に来たのであろう、それも二人の話で分る、秀子「浦原さん、貴女は道九郎さんがお出でだと仰有ったが、茲には見えぬでは有りませんか」お浦「確かに居ましたが、何所へか行きましたか」秀子「貴女は道九郎さんの前で私に話したい事があると仰有ったけれど、アノ方がお出でなければ其のお話とやらも出来ますまい」と、云って秀子は立ち去ろうとする様子だ、お浦「イイエ、お待ちなさい、道九郎さんが居なくとも話して置きましょう」秀子「何のお話か知りませんが成る可く言葉短かに願います」
 双方何となく殺気を帯びて居る、お浦「ハイ言葉短かに言いますが、私と道さんとが、夫婦になる筈であったのを御存じでしょう」秀子「道さんとは道九郎さんの事ですか、夫ならばハイ聞いて知って居ます」お浦「貴女が其の仲を割いたのは実に――」秀子「怪しからぬ事を仰有る」お浦「イエ、貴女が御自分で道さんの妻になり度い為道さんを迷わせたのは私共の仲を割いたも同じ事です」秀子「私は道九郎さんの妻になり度いなどと其の様な心を起した事は有りません、殊にアノ方を迷わせるなどと余り甚いお疑いです」
 お浦「夫なら貴女は道さんの前へ出て「丸部さん決して貴方の妻に成る事は出来ません」と言い切りますか」秀子「ハイ言い切ります、けれどアノ方が私へ妻に成れとも何とも仰有らぬに、私から其の様な事を云うとは余り可笑しいでは有りませんか」お浦「唯云えば可笑しいでしょうが私と一緒に道さんの前へ行き、爾して私が道さ
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