り、今年夏の初め妾は余り屡々奉公先を空ける故暇を出されて馬道の氷屋へ住込しが七月四日の朝母より「親指は今日午後五時の汽車で横浜へ行き明後日《あさって》まで確かに帰らぬからきッとお出《いで》待《まっ》て居る」との手紙来れり妾は暫く金起に逢ぬ事とて恋しさに堪えざれば早速横浜へ端書を出したるに午後四時頃金起来りければ直に家を出で少し時刻早きゆえ或処にて夕飯を喫《た》べ酒など飲みて時を送り漸《よう》やく築地に着きたるは夜も早や十時頃なり直ちに施寧の家に入り母と少しばかり話しせし末例の如く金起と共に二階に上り一眠りして妾は二時頃一度目を覚《さま》したり、見れば金起も目を覚し居て「お紺、今夜は何と無く気味の悪い事が在る己は最《も》う帰る」と云いながら早や寐衣《ねまき》を脱ぎて衣物《きもの》に更《あらた》め羽織など着て枕頭《まくらもと》に居直るゆえ妾は不審に思い「何が其様に気味が悪いのです帰るとて今時分何処へ帰ります(金)何処でも能《よ》い、此家には寐《ね》て居れぬ(妾)何故ですえ(金)先程から目を醒して居るのに賊でも這入て居るのか押入の中で変な音がする、ドレ其方《そっち》の床の間に在る其煙草入と紙
前へ 次へ
全65ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング