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 猶《な》お此無惨なる人殺《ひとごろし》に附き其筋の調《しらべ》たる所を聞くに死骸は川中より上げたれど流れ来《きた》りし者には非ず別に溺《おぼ》れ漂いたりと認むる箇条は無く殊に水の来らざる岸の根に捨てゝ有りたり、猶お周辺《あたり》に血の痕の無きを見れば外《ほか》にて殺せし者を舁《かつ》ぎ来りて投込みし者なる可《べ》し又|此所《このところ》より一町ばかり離れし或家の塀に血の附きたる痕あれど之も殺したる所には非ず多分は血に塗《まみ》れたる死骸を舁ぎ来る途中事故ありて暫し其塀に立掛し者なる可し
 殺せしは何者か殺されしは何者か更に手掛り無しとは云え七月の炎天、腐敗《くさ》り易き盛りと云い殊《こと》に我国には仏国|巴里府《ぱりふ》ルー、モルグに在《あ》る如き死骸陳列所の設けも無きゆえ何時《いつ》までも此儘《このまゝ》に捨置く可きに非ず、最寄《もより》区役所は取敢《とりあ》えず溺死漂着人と見做《みな》して仮に埋葬し新聞紙へ左の如く広告したり
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 溺死人男年齢三十歳より四十歳の間|当《とう》二十二年七月五日区内築地三丁目十五番地先川中へ漂着仮埋葬済○人
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