奸夫《まおとこ》と見たのだナ奸夫《かんぷ》が奸婦と密《しの》び逢て話しでも仕て居る所へ本統の所夫《おっと》の不意に帰って来たとか云う様な訳柄《わけがら》で(大)爾です全く爾です、私しも初から奸夫《まおとこ》に違い無いと目を附けて居りましたが誠の罪人が分ってから初て奸夫では無かったのかナと疑いを起す事に成りました(荻)夫《それ》は何う云う訳で(大)別に深い訳とても有ませんが実《まこと》の罪人は妻が無いのです夫《それ》は後で分りました(荻)併し独楽を廻す位の子が有れば妻が有る筈だが(大)イエ、夫《それ》でも妻は無いのです或は昔し有たけれど死だのか離縁したのか、殊に又其の子と云うのも貰い子だと申します(荻)貰い子か夫《それ》なら妻の無いのも無理ではないが、併し―若し又|羅紗緬《らしゃめん》でも有はせんか(大)私しも爾《そう》思って其所《そこ》も探りましたが、兎に角自分の宅《うち》には羅紗緬類似の女は一人も居ません(荻)イヤサ家に居無くとも外へ囲《かこ》って有れば同じ事では無いか(大)イエ外へ囲って有れば決して此通りの犯罪は出来ません何故と云《いう》に先《まず》外妾《かこいもの》ならば其|密夫《みっぷ》と何所で逢います(荻)何所とも極らぬけれど爾《そう》サ、先ず待合其他の曖昧な家か或は其《その》囲《かこ》われて居る自分の家だナ(大)サ夫だから囲い者で無いと云うのです、第一、待合とか曖昧の家とか云う所だと是程の人殺しが有《あっ》て御覧なさい、当人達は隠す積《つもり》でも其家の者が黙って居ません、警察へ馳附るとか隣近所を起すとか左も無くば後で警察へ訴えるとか何とか其様な事を致します、ですから他人の家で在った事なら此様な大罪が今まで手掛りの出ぬ筈は有ません(荻)若し其囲われて居る家へ奸夫《まおとこ》を引込で居たとすれば何《ど》うだ(大)爾《そう》すれば論理に叶いません先ず自分の囲われて居る家へ引込む位なら必ず初から用心して戸締を充分に附けて置きます、殊に此犯罪は医者の見立で夜の二時から三時の間と分って居ますから戸締をして有《あっ》た事は重々|確《たしか》です、唯に戸締りばかりでは無い外妾《かこいもの》の腹では不意に旦那が戸を叩けば何所から逃《にが》すと云う事までも前以て見込を附て有るのです夫《それ》位の見込の附く女で無ければ決して我《わが》囲《かこ》われて居る所へ男を引込むなど左様な大胆な事は出来ませんサア既に斯《こう》まで手配《てくばり》が附て居れば旦那が外から戸を叩く、ハイ今開ますと返事して手燭を点《つけ》るとか燐寸《まっち》を探すとかに紛らせて男を逃します逃した上で無ければ決して旦那を入れません(荻)夫《それ》は爾《そう》だ、ハテナ外妾《かこいもの》で無し、夫《それ》かと云って羅紗緬《らしゃめん》でも妻でも無いとして見れば君の云う奸夫《まおとこ》では無いじゃ無いか(大)ハイ夫《それ》だから奸夫とは云いません唯だ奸夫の様な種類の遺恨で、即ち殺された奴が自分の悪い事を知り兼々恐れて居《いる》と云うだけしか分らぬと申ました(荻)でも奸夫より外に一寸《ちょっ》と其様な遺恨は有るまい(大)ハイ外には一寸と思い附ません併し六ヶしい犯罪には必ず一のミステリイ(不可思議)と云う者が有ますミステリイは到底罪人を捕えて白状させた上で無ければ何《ど》の様な探偵にも分りません是が分れば探偵では無い神様です、此事件では茲が即ちミステリイです、斯様に奸夫騒ぎで無くては成らぬ道理が分って居ながら其本人に妻が無い是が不思議の不思議たる所です、決して当人の外には此不思議を解く者は有ません(荻)爾《そう》まで分れば夫《それ》で能い最《も》う其本人の名前と貴公の謂《い》う、計略を聞《きこ》う(大)併し是だけで外に疑いは有ませんか(荻)フム無い唯だ今|謂《いッ》たミステリイとかの一点より外に疑わしい所は無い(大)夫《それ》なら申ますが斯《こう》云《い》う次第です」と又も額の汗を拭きたり
扨大鞆は言出《いいいず》るよう「私しは全く昨日の中に是だけの推理をして罪人は必ず年に似合ぬ白髪が有て夫《それ》を旨く染て居る支那人だと見て取《とり》ました、夫《それ》に由り先ず谷間田に逢い彼れが何《ど》う云う発明をしたか夫を聞た上で自分の意見も陳《のべ》て見ようと此署を指して宿所を出ました所宿所の前で兼て筆墨初め種々の小間物を売《うり》に来る支那人に逢《あっ》たのです何より先に個奴《こやつ》に問うが一番だと思いましたから明朝沢山に筆を買うから己の宿へ来て呉れと言附て置ました、夫より此署へ来た所丁度谷間田が出て行く所で私しは呼留たれど彼れ何か立腹の体で返事もせず去て仕舞いました夫《それ》ゆえ止《やむ》を得ず私しは又宿所へ引返しましたが、今朝に成て案の如く其支那人が参りました、夫《それ》を相手
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