上げました(荻)無駄事は成る可く省いて簡単に述《のぶ》るが好いぜ(大)ハイ無駄事は申しません先ず肝腎な縮れ毛の訳から云いましょう髪の毛の縮れるには夫だけの原因が無くては成《なら》ぬ、何が原因か全体髪の毛は先ず大方円いとした者で、夫が根《もと》から梢《すえ》まで一様に円いなら決して縮れません何《ど》うかすると中程に摘《つか》み挫《ひし》いだ様に薄ッぴらたい所が有る其|扁《ひら》たい所が縮れるのです、ですから生れ附の縮毛には必ず何所かに扁《ひらた》い所が有る、若し夫が無ければ本統の縮毛では無い、所で私しが此毛を疏末《そまつ》な顕微鏡に掛けて熟《よ》っく視ました所|根《もと》から梢《すえ》まで満遍なく円い、薄ッぴらたい所は一ツも無い、左すれば是は本統の縮毛で有ません、分りましたか、夫だのに丁度縮毛の様に揺れ/\して居るのは何う云う訳だ、是は結《むす》んで居るうち附た癖です譬えば真直な髪の毛でもチョン髷に結べば其髷の所だけは解《とい》た後でも揺れて居ましょう、夫と同じ事で此髪も縮れ毛では無い結んで居た為に斯様《かよう》に癖が附たのです、ですからお紺の毛では有りません、分りましたか」荻沢は少し道理《もっとも》なる議論と思い「成る程|分《わか》った天然《うまれつき》の縮毛《ちゞれげ》で無いからお紺の毛では無いと云うのだナ(大)サア夫が分れば追々云いましょう、僅《わずか》三本の髪の毛ですけれど斯う云う具合に段々と詮議して行くと色々の証拠が上って来ます貴方|先《ま》ア御自身の髪の毛を一本お抜なさい奇妙な証拠を見せますから、此証拠ばかりは自分に試験して見ねば誰も誠と思いません先ア欺されたと思って一本お抜なさい、抜て私しの云う通りにすれば期《きっ》と実《まこと》の罪人が分ります」荻沢警部は馬鹿/\しく思えど物は試験《ためし》と自ら我頭より長サ三四寸の髪の毛を一本抜き取り「是を何うするのだ(大)其髪の根《もと》を右向け梢《すえ》を左り向けて人差指と親指の二ツで中程をお摘みなさい(荻)斯うか(大)爾《そう》です/\、次に又|最《もう》一本同じ位の毛をお抜なさい、イエナニ何本も抜には及びません唯二本で試験の出来る事ですから僅《わずか》に最《もう》一本です、爾々《そう/\》、今度は其毛を前の毛とは反対《あべこべ》に根を左り向け末を右向て、今の毛と重ね、爾々《そう/\》其通り後前《あとさき》互違《たがいちがい》に二本の毛を重ね一緒に二本の指で摘《つまん》で、イヤ違ます人差指を下にして其親指を上にして爾う摘むのです、夫で其人差指を前へ突出《つきだし》たり後へ引たり爾々《そう/\》詰《つま》り二本一緒の毛へ捻《より》を掛たり戻したりするのですソレ奇妙でしょう二本の毛が次第/\に右と左へズリ抜るでしょう丁度二|尾《ひき》の鰻を打違《うちちが》えに握った様に一ツは右へ抜け一ツは左りへ抜《ぬけ》て段々とソレ捻れば捻るほど、ネエ、奇妙でしょう(荻)成る程奇妙だチャンと重《か》さねて摘んだのが次第/\に此通り最う両方とも一寸ほどズリ抜《ぬけ》た(大)夫《それ》は皆|根《もと》の方へずり抜るのですよ、根が右に向《むかっ》て居るのは右へ抜け根が左へ向《むい》て居るのは左へ抜けて行くのです(荻)成る程|爾《そう》だ何《ど》う云う訳だろう(大)是が大変な証拠に成るから先ず気永くお聞なさい、斯様にズリ抜ると云う者は詰り髪の毛の持前です、極々《ごく/\》度の強い顕微鏡で見ますと総て毛の類には細かな鱗《うろこ》が有ります、鱗が重なり重なッて髪の外面《うわべ》を包んで居ます丁度筍の皮の様な按排式《あんばいしき》に鱗は皆根から梢《すえ》へ向て居るのです、ですから捻《より》を掛たり戻したりする内に鱗と鱗が突張り合てズリ抜《ぬけ》るのです(荻)成る程|爾《そう》かな(大)未だ一ツ其鱗の早く分る事は髪の毛を摘んで、スーッと素扱《すご》いて御覧なさい、根《もと》から梢《すえ》へ扱《こ》く時には鱗の順ですから極《ごく》滑《なめら》かでサラ/\と抜けるけれど梢より根へ扱く時は鱗が逆ですから何と無く指に膺《こた》える様な具合が有て何《ど》うかするとブル/\と輾《きし》る様な音がします(荻)成る程|爾《そう》だ順に扱けば手膺《てごたえ》は少しも無いが逆に扱けば微かに手膺えが有る(大)サア是で追々に分ります私しは此三筋の髪の毛を其通りして幾度も試してみましたが一本は逆毛ですよ、是は最《も》う死骸の握って居る所を其儘取ッて堅く手帳の間へ挿み大事にして帰ッたのだから途中で向《むき》の違う事は有ません此三筋を斯う握って居たのです、其中でヘイ此一本が逆髪《さかげ》です外の二本とは反対に向て居ます(荻)成る程(大)サア何うです大変な証拠でしょう(荻)何故―(大)何故だッて貴方、人間の頭へは決して鱗の逆に向た毛の生《
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