》サ家の内とも、家の内で殺したのだ、(大)家の中でも矢張り騒しいから近所で目を醒すだろう(谷)ソオレ爾《そう》思うだろう素徒《しろうと》は兎角|爾《そう》云う所へ目を附けるから仕方が無い成るほど家の中でも大勢で人一人殺すには騒ぎ廻るに違い無い、従ッて又隣近所で目を醒すに違い無い、其所だテ隣近所で目を醒してもアヽ又例の喧嘩かと別に気にも留《とめ》ずに居る様な所が何所にか有るだろう(大)夫では屡々《しば/\》大喧嘩の有る家かネ(谷)爾サ、屡々大勢の人も集り又屡々大喧嘩も有ると云う家が有る其様《そのよう》な家で殺されたから隣近所の人も目を醒したけれど平気で居たのだ別に咎めもせずに捨て置《おい》て又眠ッて仕舞ッたのだ(大)併し其様な大勢集ッて喧嘩を再々する家が何所に在る(谷)是ほどいッても未だ分らぬから素徒《しろうと》は夫で困る先《まあ》少し考えて見たまえな(大)考えても僕には分らんよ(谷)刑事巡査とも云われる者が是位いの事が分《わか》らんでは仕方が無いよ、賭場《どば》だアネ(大)エ、ドバ[#「ドバ」に傍線]、ドバ[#「ドバ」に傍線]なら知て居る仏英の間の海峡(谷)困るなア冗談じゃ無いぜ賭場とは賭博場《ばくちば》だアネ(大)成るほど賭場は博奕場《ばくちば》か夫なら博奕場の喧嘩だネ(谷)爾サ博奕場の喧嘩で殺されたのよ博奕場だから誰も財布の外は何も持《もっ》て行ぬがサア喧嘩と云えば直《すぐ》に自分の前に在る金を懐中《ふところ》へ掻込んで立ち其上で相手に成るのが博奕など打つ奴の常だ其所には仲々抜目は無いワ、アノ死骸の当人も矢張り夫《それ》だぜ詳しい所までは分らぬけれど何でも傍に喧嘩が有《あっ》たので手早く側中《かわじゅう》の有金を引浚ッて立《たと》うとすると居合せた者共が銘々に其一人に飛掛り初の喧嘩は扨置《さておい》て己の金を何うしやがると云う様な具合に手ン手《で》ンに奪い返す所から一人と大勢との入乱れと為り踏れるやら打《うた》れるやら何時《いつ》の間にか死《しん》で仕舞ッたんだ、夫だから持物や懐中物は一個《ひとつ》も無いのだ、エ何うだ恐れ入《いっ》たか」大鞆は暫し黙考《かんが》えて「成る程旨く考えたよ、けどが是は未だ帰納法《きのうほう》で云う「ハイポセシス」だ仮定説だ事実とは云われぬテ之から未だ「ヴェリフィケーション」(証拠試験)を仕て見ん事にや(谷)サ夫が生意気だと云うのだ自分で分らぬ癖に人の云う事に批《ひ》を打《うち》たがる(大)けどが君、君が根拠とするのは唯《たゞ》様々の傷が有《ある》と云うだけの事で傷からして大勢と云う事を考え大勢からして博奕場と云う事を考えた丈じゃ無いか詰り証拠と云うのは様々の傷だけだ外に何も無い、第一此開明世界に果して其様な博奕場が有る筈も無し―(谷)イヤ有るから云うのだ築地へ行ッて見ろ支那人が七八《チーパー》も遣るし博奕宿もあるし宿ッてもナニ支那人が自分では遣らぬ皆日本の博徒に宿を借して自分は知らぬ顔で場銭《ばせん》を取るのだ場銭を、だから最《も》うスッカリ日本の賽転《さいころ》で狐だの長半などを遣《やっ》て居るワ(大)けどが博奕打にしては衣服《みなり》が変だよ博多の帯に羽織などは―(谷)ナアニ支那人の博奕宿へ入込む連中には黒い高帽を冠ッた人も有るし様々だ、夫に又アノ死骸を詳しく見るに手の皮足の皮などの柔な所は荒仕事をした事の有る人間でも無し、かと云《いっ》て生真面目《きまじめ》の町人でも無い何うしても博奕など打つ様な惰《なま》け者だ」大鞆は真実感心せしか或は浮立《うきたゝ》せて猶お其奥を聞《きか》んとの巧計《たくみ》なるか急に打開けし言葉の調子と為り「イヤ何うも感心した、何にも手掛りの無いのを是まで見破ぶるとは、成る程築地には支那人が日本の法権の及ばぬを奇貨として其様な失敬な事を仕て居るかナア、実に卓眼には恐れ入《いっ》た」谷間田は笑壷《えつぼ》に入り「フム恐れ入たか、爾《そう》折《おれ》て出れば未だ聞《きか》せて遣《や》る事が有る実はナ」と云いながら又も声を低くし「現場に立会た予審判事を初め刑部《けいぶ》に至るまで丸ッきり手掛が無い様に思って居るけれど未だ目が利《きか》ぬと云う者だ己は一ツ非常な証拠者《しょうこもの》を見出して人|知《しれ》ず取て置《おい》た(大)エ、何か証拠品が落て居たのか夫は実に驚いたナ(谷)ナニ斯う抜目なく立廻らねば駄目だよ夫も君達の目で見ては何の証拠にも成らぬが苦労人の活《いき》た目で見れば夫が非常な証拠に成る(大)エ其品は何だ、見せたまえ、エ君|賽転《さいころ》の類でも有るか(谷)馬鹿を云うな賽転などなら誰が見ても証拠品と思うワな己の目附《めっけ》たのは未だズット小さい者《もの》だ細い者だ」大鞆は益々|詰寄《つめよ》り「エ何だ何《ど》れ程細い者だ(谷)聞《きか》せるのじゃ無いけれ
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