ど君だから打明けるが実は髪の毛だ、夫も唯一本アノ握ッた手に附て居たから誰も知らぬ先に己がコッソリ取ッて置た」大鞆は心の中にて私《ひそか》に笑を催おし、「ナニ其髪の毛なら手前より己様《おれさま》の方が先に見附たのだ実は四本握って居たのをソッと三本だけ取て置た、夫を知らずに残りの一本を取て好い気に成て居やがる老耄《おいぼれ》め、併《しか》し己の方は若しも証拠|隠匿《いんとく》の罪に落ては成らぬと一本残して置たのに彼奴《きゃつ》其一本を取れば後に残りが無いから取《とり》も直さず犯罪の証拠を隠したに当る夫を知《しら》ないでヘンなにを自慢仕やがるんだ」と笑う心を推隠《おしかく》して「ヘヽエ、君の目の附所《つけどころ》は実に違うナル程僕も髪の毛を一本握ッて居るのをば見たけれど夫が証拠に成《なろ》うとは思わず、実に後悔だ君より先へ取て置《おけ》ば好ったのに(谷)ナアニ君などが取たって仕方が無いワネ、若し君ならば一本の髪の毛を何うして証拠にする天きり証拠にする術《すべ》さえ知らぬ癖に(大)知《しら》なくても先へ取れば後で君に問うのサ何うすれば証拠に成るだろうと、エー君、何うか聞かせて呉れたまえ極内《ごくない》で、エ一本の髪の毛が何うして証拠に成る」下から煽《あお》げば浮々《うか/\》と谷間田は誇り裂けるほどに顔を拡げて「先《ま》ア見たまえ此髪の毛を」と云いながら首に掛たる黒皮の懐中蟇口《ふところがまぐち》より長さ一尺強も有る唯一本の髪の毛を取出し窓の硝子に透《すか》し見て「コレ是だ、先ず考え可し、此通り幾曲りも揺《ゆっ》て居るのは縮れッ毛だぜ、長さが一尺ばかりだから男でもチョン髷に結《いっ》て居る髪の毛は是だけの長《たけ》は有るが今時の事だから男は縮毛なら剪《かっ》て仕舞う剪《から》ないのは幾等《いくら》か髪の毛自慢の心が有る奴だ男で縮れっ毛のチョン髷と云うのは無い(大)爾々《そう/\》縮れッ毛は殊に散髪に持《もっ》て来いだから縮れッ毛なら必ず剪て仕舞う本統に君の目は凄いネ(谷)爾すれば是は女の毛だ、此人殺の傍には縮れッ毛の女が居たのだ(大)成る程(谷)居たドコロでは無い女も幾分か手を下したのだ(大)成るー(谷)手を下さ無《な》ければ髪の毛を握《つか》まれる筈が無い是は必ず男が死物|狂《ぐるい》に成り手に当る頭を夢中で握《つか》んだ者だ夫《それ》で実は先ほどもアノ錐の様な傷を若《も》しや頭挿《かんざし》で突たのでは無いかと思い一寸《ちょっ》と君の心を試して見たのだ素徒《しろうと》の目でさえ無論|簪《かんざし》の傷で無いと分る位だから其考えは廃したが兎に角、縮れッ毛の女が傍に居て其髪を握《つか》まれた事は君にも分るだろう(大)アヽ分るよ(谷)其所で又己が思い出す事が有る、最《も》うズッと以前だが博賭徒《ばくちうち》を探偵する事が有て己が自分で博賭徒《ばくちうち》に見せ掛け二月《ふたつき》ほど築地の博徒宿に入込んだ事が有る其頃丁度築地カイワイに支那人の張《はっ》て居る宿が二ヶ所あった、其一ヶ所に恐しいアバズレの、爾サ宿場女郎のあがりでも有《あろ》うよ、でも顔は一寸と好い二十四五でも有うか或は三十位でも有うかと云う女が居た、今思えば夫が恰度《ちょうど》此通りの縮れッ毛だ(大)夫は奇妙だナ(谷)サア博賭宿と云い縮れッ毛の女と云い此二ツ揃ッた所は外に無い、爾思うと心の所為《せい》かアノ死顔も何だか其頃見た事の有る様な気がするテ、だからして何は兎も有れ己は先ず其女を捕えようと思うのだ、名前は何とか云《いっ》たッけ、之も手帳を見れば分る爾々《そう/\》お紺と云ッた、お紺/\余り類の無い名前だから思い出した、お紺/\、尤も今|未《ま》だ其女が居るか居無いか夫も分らぬけれど、旨く居て呉れさえすれば此方の者だ、女の事だから連て来て少し威《おど》し附ればベラベラと皆白状する、何《ど》うだ剛《えら》い者だろう(大)実に恐入ったナア、けどが其宿は何所に在るのだ築地の何所いらに、夫さえ教えて呉れゝば僕が行て蹈縛《ふんじばっ》て来る、エ何所だ直に僕を遣て呉《くれ》たまえ」谷間田は俄《にわか》に又茶かし顔に復《かえ》り「馬鹿を言え是まで煎じ詰めた手柄を君に取られて堪る者か(大)でも君は、僕の為に教えて遣ると云ッたでは無いか、夫で僕を遣て呉れ無いならば教えて呉れたでは無い唯だ自慢を僕に聞せた丈の事だ(谷)夫れほど己の手柄を奪い度《た》きゃ遣てやろうよ(大)ナニ手柄を奪うなどと其様な野心は無い僕は唯だ―(谷)イヤサ遣ても遣《やろ》うが第一君は何うして行く(大)何うしてッて外に仕方は無いのサ君に其町名番地を聞けば後は出た上で巡査にでも郵便配達にでも聞くから訳は無い、其家へ行て此家《このや》にお紺と云う者は居無いかと問うのサ」谷間田は声を放ッて打笑い「夫だから仕方が無い、夜前人殺と
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