の大疑団は氷解したり今お紺が荻沢警部の尋問に答えたる事の荒増《あらまし》を茲に記さん
妾《わらわ》(お紺)は長崎の生れにて十七歳の時遊廓に身を沈め多く西洋人支那人などを客とせしが間もなく或人に買取られ上海《しゃんはい》に送られたり上海にて同じ勤めをするうちに深く妾《わらわ》を愛し初めしは陳施寧と呼ぶ支那人なり施寧は可なりの雑貨商にして兼てより長崎にも支店を開き弟の陳金起《ちんきんき》と言える者を其支店に出張させ日本の雑貨買入などの事を任《まか》せ置きたるに弟金起は兎角放埓にして悪しき行い多く殊に支店の金円を遣い込みて施寧の許へとては一銭も送らざる故施寧は自ら長崎に渡らんとの心を起し夫《それ》にしてはお紺こそ長崎の者なれば引連れ行きて都合好きこと多からんと終《つい》に妾を購《あがな》いて長崎に連れ来れり施寧は生れ附き甚だ醜き男にして頭には年に似合ぬ白髪多く妾は彼れを好まざれど唯故郷に帰る嬉さにて其言葉に従いしなり頓《やが》て連《つれ》られて長崎に来り見れば其弟の金起と云えるは初め妾が長崎の廓にて勤めせしころ馴染を重ねし支那人にて施寧には似ぬ好男子なれば妾は何時しかに施寧の目を掠めて又も金起と割無《わりな》き仲と無《な》れり去れど施寧は其事を知らず益々妾を愛し唯一人なる妾の母まで引取りて妾と共に住わしめたり母は早くも妾が金起と密会する事を知りたれど別に咎むる様子も無く殊に金起は兄施寧より心広くしてしば/\母に金など贈ることありければ母は反《かえ》って好き事に思い妾と金起の為めに首尾を作る事もある程なりき其内に妾は孰《たれ》かの種を宿し男の子を儲《もう》けしが固より施寧の子と云いなし陳寧児《ちんねいじ》と名《なづ》けて育てたり是より一年余も経たる頃|風《ふ》とせしことより施寧は妾と金起との間を疑い痛《いた》く怒りて妾を打擲《ちょうちゃく》し且つ金起を殺さんと迄に猛りたれど妾|巧《たく》みに其疑いを言解《いいと》きたり斯くても妾は何故か金起を思い切る心なく金起も妾を捨《すて》るに忍びずとて猶お懲りずまに不義の働きを為し居たり、寧児が四歳の時なりき金起は悪事を働き長崎に居ることが出来ぬ身と為りたれば妾に向いて共に神戸に逃行《にげゆ》かんと勧めたり妾は早くより施寧には愛想尽き只管《ひたす》ら金起を愛したるゆえ左《さ》らば寧児をも連れて共に行かんと云いたるに※[#「研のつくり」
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