手へ血を附《つけ》て置《おか》ねば成らぬのです、何故と仰有《おっしゃ》れば藻西ならば其文字を本統に老人が書たものと認められては大変です、自分の首が無く成ります、何《ど》うしても老人が書たで無く曲者の書たに違い無い様に見せて置ねばなりません、爾《そう》見せるには何うすれば好いのでしょう、即ち血を老人の左の手へ附けて置くに限ります、左の手に附て置けば誰も老人の仕業とは思わず、去《さ》ればとて現に藻西の名を書《かい》て有るから真逆《まさか》に藻西が自分で自分の名を書く程の馬鹿な事を仕様とは猶更《なおさら》思われず、否応《いやおう》なく疑いが外の人へ掛ッて行きます、論より証拠には貴方さえも無理に疑いを外の人へ持て行こうと成《なさ》ッて居るでは有ませんか、先《ま》ア能《よ》く考えて御覧なさい」と是だけ言て息を継ぐ、余が返事の出《いで》ぬを見、細君は少し気の毒と思いし如く「尤《もっと》も女の似而非《えせ》理屈とか云う者でしょう、素《もと》より現場も見ませんで、真逆当りは仕ませんけれど既に店番が藻西を見たと云い其上|連《つれ》て居た犬は藻西の外の者へは馴染《なじま》ぬとも云たのでしょう夫《それ》や是
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