何分《なにぶん》にも今まで心に集めたる彼れが無罪の廉々《かど/\》を忘れ兼れば「では何《どう》ですか、藻西太郎は伯父を殺して仕舞た後で故々《わざ/\》自分の名前を書附けて置て行く程の馬鹿者ですか」唯此一点が藻西の無罪を指示す最も明かなる証拠にして又最も強き箇条なれば是には目科の細君も必ず怯《ひる》みて閉口するならんと思いしに、細君は少しも怯《ひる》まず却《かえ》ッて余の問を怪む如くに「おや自分の名前を書附たから夫《それ》で馬鹿だと仰有るのですか、私しは馬鹿には迚《とて》も出来ぬ所だろうと思いますよ余「とは又何故です細「何故とて貴方、若し其名前を書附けずに行て仕舞ば一も二も無く自分が疑われるに極ッて居ます、疑いを避けるには大胆に自分の名前を書附ける外は有ません、夫を書附て置たればこそ現に彼の仕業で有るまいと思う人が出て来たでは有ませんか、貴方にしろ爾《そう》でしょう若《も》し何《ど》うしても自分が疑われるに極ッて居るなら其疑いを避る為には充分の度胸を出し自分の仕業とは思われぬ様な事を仕て置きましょう」此の力ある言開《いいひら》きには余も殆ど怯《ひる》まんとす、図らざりき斯《かゝ》る堂々た
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