そう》も見えませんでしたが、何と云ても検査官の承知せぬのを見、今度は泣ながら詫をして何《ど》うか所天を許して呉れと願いました、気の毒は気の毒でも役目には代られませんから検査官は少しも動きません、女も終《つい》には思い切《きっ》たと見え所天の首に手を巻て貴方は此様な恐ろしい疑いを受けて無言《だまっ》て居るのですか覚えが無《ない》と言切てお仕舞いなさい貴方に限て其様な事の無いのは私しが知て居ますと泣きつ口説《くどき》つする様《さま》に一同涙を催《もよお》しました、夫《それ》だのに藻西太郎と云う奴は本統に酷《ひど》い奴ですよ、何《ど》うでしょう其泣て居る我が女房を邪慳《じゃけん》にも突飛《つきとば》しました、本統に自分の敵《かたき》とでも云う様に荒々しく突飛しました、女房は次の室《ま》まで蹌踉《よろめい》て行て仆《たお》れましたが夫《それ》でも先《ま》ア幸いな事には夫でいさくさも収りました、何でも女房は仆れた儘《まゝ》気絶した様子でしたが其暇に検査官は亭主を引立て直様《すぐさま》戸表《とおもて》に待せある馬車へと舁《かつ》いで行きました、いえ本統に藻西を舁いだのです彼れは足がよろ/\して馬車
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