思い附き忌々《いま/\》しくて成ませんでしたが能く考えて見ると生田が其様な事をする筈は無く、矢張り女房が犬を連て行たのだと斯う思いまして其儘思い止まりました」此説明には判事も其女房孝行に苦笑いを催しつ、以後を誡《いまし》めて放免したりとなん。
 藻西太郎は此外に何事をも言立ざりしかど彼が己の女房を斯《かく》も罪人と思い詰めたる所を見れば、何か女房に疑う可き廉《かど》の有りしには相違なく、多分は倉子が一たび太郎に向い伯父を殺せと説勧《ときすゝ》めたる事ありしならん、如何に女房孝行とは云え真逆《まさか》に唯一人の伯父を殺すほどの悪心は出し得ざりし故、言葉を托して一月《ひとつき》二月《ふたつき》と延し居るうち女房は我|所天《おっと》の活智《いくじ》なきを見、終《つい》に情夫の生田に吹込みたる者ならん、生田は藻西太郎と違い老人を縁も由因《ゆかり》も無き他人と思えば左《さ》まで躊躇する事も無く、殊に又之を殺せば日頃憎しと思う藻西は死し老人の身代《しんだい》は我愛する美人倉子の持参金と為りて我が掌底《たなそこ》に落《ころ》がり込む訳なれば承知したるも無理ならず。
 個は余と目科の考えにして孰《いず
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