ん、殊《こと》に今日《こんにち》は鉄道も有り電信も有る世界にて警察の力を潜《くゞ》り果《おお》せるとは到底《とうてい》出来ざる所にして、晩《おそ》かれ早かれ露見して罰せらるゝは一つなり。
 斯く云わば此記録の何たるやは自《おのずか》ら明かならん、個《こ》は罪人を探り之を追い之と闘い之に勝ち之に敗られなどしたる探偵の実話の一なり。
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          第一回(怪しき客)

 余が医学を修めて最早《もはや》卒業せんとせし頃(時に余が年二十三)余は巴里府《ぱりふ》プリンス街に下宿し居《い》たるが余が借れる間《ま》の隣の室《へや》に中肉中背にて髭髯《くちひげ》を小綺麗《こぎれい》に剃附《そりつけ》て容貌にも別に癖の無き一人の下宿人あり、宿《やど》の者|等《ら》此人を目科《めしな》「様《さん》」とて特に「様《さん》」附にして呼び、帳番も廊下にて摺違《すれちが》うたびに此人には帽子を脱ぎて挨拶《あいさつ》するなど大《おおい》に持做《もてなし》ぶりの違う所あるにぞ、余は何時《いつ》とも無く不審を起し目科とは抑《そ》も何者にやと疑いたり、素《もと》より室と室、隣同士の事とて或は燐寸
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