《すっ》かり忘れて居た、難有《ありがた》い/\、お前のお影で助かッた内儀が帰ッて来れば必ずお前を褒《ほめ》るだろう」と反対の言葉を残して戸表《おもて》へと走り出たり。
あゝ、ロイドレ街二十三番館に住む生田と云える男こそ吾々の当《とう》の敵《かたき》なり、此上は一刻も早く其館に推行《おしゆき》て生田を捕縛する外なしと余は思えど目科は「是から裁判所へ行て逮捕状を得て来ねば何事もする訳に行かぬ」と云う余「ダッて君、裁判所へ行けば倉子が既に行て居るから吾々が逮捕状を得るのを見て、生田を逃す様な工夫を廻《めぐ》らせるかも知れぬぜ、夫に又ぐず/\する間に倉子が内へ帰り下女の言葉を聞くとしても吾々の目的は破れて仕舞う目「何が何でも逮捕状が無い事には此上一歩も運動が出来ぬから」と云い、早くも通り合す馬車を呼留め、之に乗りて僅か三十分と経ぬうちに裁判所に達すれば先ず其小使を呼びて問うに判事は今正に倉子を尋問しつゝありとの事なり、目科は更に手帳の紙を破り之に数行の文字を認《したゝ》め是非とも別室にて面会したしとの意を云い入るゝに、暫くして判事は別室に入来り目科が撥摘《かいつま》みて云う報告を聞き「成る程夫は面白いが最《も》う藻西太郎が白状して仕舞たよ、全《すっ》かり白状したから外に何の様な疑いが有ても自然に消滅する訳だ」と云い取上る景色も無きを猶も目科が喋々《くしゃ/\》と説立《ときたて》て漸くの事に「然《しか》らば」との変事《へんじ》を得、生田なる者に対する逮捕状を認《したゝ》めて差出すや目科は受取るより早く、余と共に狂気の如く裁判所を走り出、待《また》せある馬車に乗り、ロイドレ街を指して馬の足の続く限り走《はしら》せたり、頓《やが》てロイドレ街に達《たっす》れば町の入口に馬車を待せ、幾度か彼の嚊煙草にて強《しい》て顔色を落着けつゝ、二十三番と記したる館を尋ねて、先ず其店番に向い「生田さんは居るか」と問う店「はいお内《うち》です、四階へ上れば直《すぐ》に分ります」と答う、目科は階段《はしごだん》に片足掛けしが忽《たちま》ち何事をか思い出せし如く又も店番の許《もと》に引返し「今日は生田に一杯振舞う積りで来たが生田は毎《いつ》も何の様な酒を呑む店「何の様な酒ですか、常に此筋向うの酒屋へは能く行きますが目「好し、彼所《あすこ》で問うたら分るだろう」と云い大足に向うの酒店《さかみせ》に馳《
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