中に得も云えぬ苦しみを感じ右《と》せんか左《かく》答えんかと独り胸の中に闘いて言葉には得出《えいだ》さぬ如く、空しく長き※[#「口+曹」、第3水準1−15−16]《うめ》き声を洩すのみ、此有様|抑《そ》も如何ように見て取る可きか、目科は隙《すか》さず突《つい》て入り「就《つい》て問度《といた》い事が有る、お前は殺すほどあの伯父が憎かッたのか藻「なアに少しも憎くは有ません目「では何故殺した藻「伯父の身代《しんだい》が欲いから殺しました、此頃は商買《しょうばい》が不景気で日々《にちにち》苦しくなるばかりです、夫は同業に聞ても分ります、幸い伯父は金持ですけれど生て居る中は一文でも貸て呉れず、死《しに》さえすれば其身代が独《ひとり》で私しへ転がり込むと思いまして、目「分ッた/\、夫でお前は殺しても露見しまいと思ッたのか藻「はい爾《そう》思いました」あゝ目科は何故《なにゆえ》に斯《かく》も湿濃《しつこ》く問うなるや、余は必ず深き思惑の有る可しと疑い初《そ》めしに果せるかな彼れ忽《たちま》ち語調を変じ「夫は爾《そう》としてお前あの、伯父を殺した短銃《ぴすとる》は何所《どこ》で買《かっ》た」余は藻西が何と答うるにやと殆ど気遣《きづかわ》しさに堪えず手に汗を握れども藻西は驚きもせず怪みもせず「なに買たんじゃ有ません余程前から持て居たのです」と答う目「殺した後で其短銃を何うしたか藻「え、別に何うもしません、左様さ投捨て仕舞いました、外へ出てから目「では誰か拾た者があろう、好し/\私《わし》が能《よ》く探させて見よう」読者よ目科は奥の奥まで探り詰ん為め故《ことさら》に斯《かゝ》る偽《いつわ》りの問を設けて、試みながらも其色を露現《あら》わさず相も変らぬ静かなる顔付なり、稍《やゝ》ありて又問掛け「一つ合点の行かぬ事は全体犬を連て行くと云う事は無いよ、あれが大変な露見の本《もと》に成《なっ》た、あの様な者は内へ置て自分一人で行き相《そう》な者だッたのに」此問は何の意にて発せしや余は合点し得ざれども何故か藻西太郎は真実に打驚き「え、え、犬、犬を目「爾よ、プラトと云う黒犬をさ、店番が慥《たしか》にプラトを認めたと云う事だ」此語を聞きて藻西太郎の驚きは殆ど譬《たと》うるに者も無し、彼れ驚きしか怒りしか歯を噛み拳《こぶし》を握りて立ち、何事をか言出さんとする如く唇|屡々《しば/\》動きたるも漸《よ
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